このところ自転車に乗れないものですから、歩くことにしています。

これは今月8日(土曜日)のお話。
友人と2人で「北海道遺産おさんぽスタンプラリー」をしてきました。

北海道遺産とはなんぞや。
それは、ホームページを見ていただくとして・・・
先日は札幌軟石が北海道遺産に選定されたというお祝い&シンポジウムに参加してきましたが、現在北海道には67件の北海道遺産があります。

先月の初め、このようなスタンプラリーをやっていることを偶然知りました。
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スタンプラリーの参加施設は12箇所、その内1箇所だけ行ったことのないところが
ありました。それは、北海道鉄道技術館。
よくよく見てみると、北海道鉄道技術館は第2第4土曜日の午後1時30分から午後4時までしか開館していない幻(笑)の技術館であります。
そこに行くべく8日に決行したのです。

午前9時に時計台で待合せです。
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改修を終えたばかりの時計台はうっすらと緑がかっています。
時が経つにつれて白く変化していくのだそうです。


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改修を終えたばかりだし、9月には地震があって観光客を呼び戻そうと現在時計台は無料開放中。有料となっても、大人1人200円ですので気軽に入れるでしょう。

時計台は、明治11年に現在の札幌市中央区北2条西2丁目あたりに建築された札幌農学校の演武場でした。正式名称は「旧札幌農学校演武場」です。
札幌農学校は現在の北海道大学で、この演武場で入学式や卒業式そして兵式訓練をしていたのです。

札幌農学校の演武場には最初は時計が無かったのですが、
黒田清隆開拓次官が「時計、つけなさいよ。」って言ったので、2代目のホイーラー教頭先生がアメリカに「ひとつ、いいカンジのを頼みますわ。」と時計を発注し、明治12年に札幌に時計が届き、あまりの大きさに「まじか・・・」とビビッたらしいのですが、なんとか演武場にとりつける事が出来ました。明治14年のことです。

その後、明治36年に札幌農学校は演武場を残して移転しました。
で、札幌市(当時は札幌区)は演武場を買い上げて南に1条演武場を移転させました。この頃から「時計台」と呼ばれるようになったとか。
ま、詳しいことはホームページをご覧ください。

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札幌農学校演武場時代の時計台のジオラマです。


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札幌市は時計台を買い取り移転させたは良いけど、時計のメンテナンスを怠っていた模様。


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井上清さんです。時計台を救ってくれた人です。
以前、どの局だったか・・・この方の特集番組を見たことがあります。

と1Fの展示コーナーを見ていましたが、「これから2Fで時計の錘の巻き戻し作業をご覧いただけます。」とのアナウンスがあり、行って見ました。

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2Fホールです。
なんどかコンサートなどで入ったことがあります。


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2Fホールの西南角に、このような模型がありました。

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錘の巻き上げ作業はここで行われるようです。


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ハンドルがうやうやしく箱に入っておいてありました。


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係りの人がやってきて、ハンドルを使って錘を巻き上げています。
この錘は木箱で出来ていて、中には豊平川河川で拾った石が詰め込まれているのだそうです。


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巻き上げ作業を見た後は、2Fの展示を見てみます。


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この板の中に鐘を打つための錘が入っています。


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こちらのほうには時計を動かすための錘が入っています。
鐘を打つほうが、たくさんの動力を必要とするので、錘に付いたロープの長さも長く、錘は早く降りていきます。
1回鐘を打つたびに錘が何センチ下がって、一日で何センチ下がるとの説明を受けましたが忘れました(笑)


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ふと下を見ると、北海道遺産のプレートが。


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日本には札幌時計台のような、錘を使った時計があと2箇所あるらしいのですが、その中でも現役で最も古いのが札幌時計台なのだそうです。


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黒田清隆開拓次官に感謝ですな。


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最後に自分用のお土産として「時計大臣」の缶バッヂとマグネットを買いました。
(ちなみに時計大臣とテレビ父さんは親友です。時計大臣のほうがずうっと年上ですがw)


つづく。