先日の日曜日、早朝に起きました。
平日は午前4時半起きですが、休日ですと7時くらいまでは寝ている私が起きる理由はただひとつ、自転車でございます。
キリッとした冷たい空気、まだ薄暗い中を街中へ向けて走り始めました。
途中でようやく明るくなってきて、
途中でようやく明るくなってきて、
ここは山鼻川緑地の一角。230号線に面しています。

そして、辿り着いたのが大通公園西10丁目。

ふざけてる面々が。熱い思いを胸に秘めてる面々が。どうかしちゃっている面々が。
・・・一応、私のドロッセルは一番左端に停めさせていただいておりますが
(スタッフのえーこちゃんのBroも停まっておりますが)
他の皆さんはこれから数時間かけて、200kmのコースを走りきろうとしております。
その名も「すすきの200」。ブルベです。
ブルベとは↓
てな訳で、酔狂でふざけててどうかしちゃっている熱い面々が、これから走り出すわけでございます。
それを私は見送りにやってきた、という次第。



(ほらブルベって、普通はこの手の自転車で参加するんではないんですかね?)

さ、南風自転車店のA店長(一番左端)も張り切っているようです。
ベテランのMugen(一番手前)さんも奥様と一緒に去年にひき続きBroで参加。
今年は寒いですけど、天気は良好。
あとは風向きが味方してくれたら去年よりはきっと走りやすいでしょう。
(去年は霙でしたっけ?・・・寒さでガクブル、身も心もすっかりヤラれた人続出だったようです。←なのになぜまた参加する!?www)

皆さん、頑張って下さいね~!(^_^)/


ここからワープでございますよ。

高速バスを使いまして室蘭は母恋駅まで来たのでございます。
そう、ここに来たという事は、今年も岬を目指すのであります。

母恋駅は無人駅ですが、売店で有名な「母恋めし」が売られています。
これがいつもの楽しみでして・・・(笑)
もちろん購入いたしました。

母恋めしを購入した後は、ただひたすら母恋中央通を一直線ですね。
(走って上ったようなこと書いてますが、1/3は押し歩きです。)
今日は本当に良い天気です。
ここまでドロッセルと一緒にやってきたのは3回目ですが、一番天気が良い(寒いけど!w)。





地球岬観光道路です。
これまたちょっとした上りが時々あります。





この後、そうだ・・・室蘭へ来たのだからカレーラーメンを食べましょう~と思い出して、そういや絵鞆町に小舟というカレーラーメンと室蘭焼鳥で有名な店を調べたはず・・・とiPhoneを取り出して検索しようとするも・・・
絵鞆町と言う文字が読めないから住所を入れて検索することができんではないか!
バカ!私のバカ!なぜ絵鞆町が読めないのだ!
でも、結果から申しますと「室蘭市 小舟」だけでヒットしました(笑)
そっか、ここから5kmほどか~。
まぁ、チンタラ走りますかね~。とナビの通りに走っていると・・・
見つけちゃいました。

http://www.muroran-curryramen.com/?page_id=595
店の前に車が数台停まっているようだし、人気店なのね。小舟はやめてこっちにしちゃえ!www

私もすぐにカウンターの一番端の席に案内され、すぐにカレーラーメンを注文しました。お客さんの8割以上がカレーラーメンを頼んでいたような感じです。
麺は縮れ麺でスープは濃厚。
とろみが強く、アツアツでした。普通に美味しかったです。
出来るだけスープを飲みましたが、3センチほど残してしまった。
お腹に余力があれば、小ライスを頼んでカレーおじやにしたかったです・・・
お腹に余力があれば、小ライスを頼んでカレーおじやにしたかったです・・・
お腹がいっぱいになった後は白鳥大橋を見物するために、やはり絵鞆町方面に向かうのであります。

途中で「札幌通り」を通りました。
どこがどう札幌なのかは調べてみないとわかりません。
「日本一の坂」というのも、解説文を読みましたが、わかったようなわからないようなwww

ちなみにこれが日本一の坂。何が日本一なのか、わかるようなわからないような。いやぜんぜんわからないような。
でも気になる皆様の為に、私、撮ってきた写真を拡大しまして読みましたよ。
「1892年(明治25年)石炭輸送のため岩見沢・室蘭間に鉄道が開通し、室蘭港は石炭積出港として徐々に整備されていった。
それと平行して海面の埋め立ても行われ、1900年(明治33年)北炭(北海道炭礦鉄道会社)が海岸町一帯の埋め立てを完成させた。
この時に現海岸町3丁目の「札幌通り」と現駅前通りを結ぶ通り道としてこの坂が設けられた。
それと平行して海面の埋め立ても行われ、1900年(明治33年)北炭(北海道炭礦鉄道会社)が海岸町一帯の埋め立てを完成させた。
この時に現海岸町3丁目の「札幌通り」と現駅前通りを結ぶ通り道としてこの坂が設けられた。
それ以来、毎朝沢町や西小路の港湾労働者がこの坂を下り、あるいは主婦達が駅前通りに並んだ市場への買物に行き来した云わば「生活の道」で、人の往来は今と比べ物にならないほど多かった。
ところで気宇広大な「日本一の坂」の由来は、1900年頃、そば屋がこの坂下(現室蘭釣具店)に「福井庵日本一」の屋号を掲げて店開きしたことから。
このそば屋は、小樽で殺人を犯し、室蘭に流れて名を秘めて開業が、凶状がバレそうになって逃げ出した、との巷談がある 北辰商店連合会」
てなことです。
そば屋の屋号ねぇ。「日本一」ってねぇ。。。なんで「福井坂」にならんかったのでしょうな。

帰って調べてみたら、100年以上も昔の建物なんですね。
通りで私の琴線に触れたわけだ(笑)

残念ながら、この橋は自動車専用道なのです。いやぁ、自転車で渡ってみたいな~。


さ、そろそろ帰らないと自宅に着くころに真っ暗になってしまう・・・

てなことで、元来た駅前通りをまっすぐに戻りますと、旧室蘭驛が。
現在は室蘭観光協会が中でバスチケットを売ったり、パンフレットを配ったりしています。
ここでバスチケットを購入し、札幌まで帰ります。

登別まで走ってそこから高速バスに乗らずに、ここから乗って本当に良かった!
なぜなら、バスが東室蘭駅あたりですぐに満席になりまして、登別からのるお客さんは補助座席になったんですよ。
いやぁ、母恋駅も、地球岬も、観光道路も、道の駅もガラガラだったんですけど、やっぱり日曜日だからでしょうねぇ。
いやぁ、母恋駅も、地球岬も、観光道路も、道の駅もガラガラだったんですけど、やっぱり日曜日だからでしょうねぇ。
バスが札幌に入ってからは、札幌ファクトリー前で降り、いつものように豊平川CRに入りました。
時刻は午後4時ほど。
すると・・・!
反射ベストを着けたロードに乗っている人を1人発見!
もしやもしやの「すすきの200」の方ではないでしょうか?!きっとそうです。
私がバスで室蘭へ行ってチンタラ走って帰ってくるまでの間に、200kmちかく走っていた訳ですな!素晴らしいじゃありませんか。
私がバスで室蘭へ行ってチンタラ走って帰ってくるまでの間に、200kmちかく走っていた訳ですな!素晴らしいじゃありませんか。

そしてそして午後5時。
無事に自宅に辿り着き、母恋めしを夕食に頂きましたとさ。
こうして私の一日は幕を閉じました。
かたや200km、かたや40km(私)でございます(笑)
室蘭で今回走ったルートはこちら↓
来年もまた行こうっと。
あ、ちなみに絵鞆町ですが、「えともちょう」と読みます。はい。