数年ぶりのお客様が来訪された。
とても気さくなその女性(Hさん)は、東北なまりの強い、御歳70歳。
「久しぶりだから迷っちゃったよ~」と、ちょっとおどけて明るく笑った。
今回はどのような案件ですか?と尋ねると、遺言書を作りたいという。
そういうことも考える歳だろうと、と詳しく話を聞くと、
「いえね、あたしのこっちゃないんですよお」と、前置きをすると、
少し言いにくそうに、けどちょっぴり嬉しそうに、
「実はね、あたし、結婚することになりましてね。」
て、
ええっ。
ご結婚?!
「実は、今、老人ホームにいるんですけど、近々施設を移ることになりましてね、そしたら、長年付き合ってきた相手が、『そんだったら、家に来い、部屋さ、余ってってから』って、言うんでね」
一緒に住もう、と言われたHさん。
こりゃ立派なプロポーズじゃないの!!
やったねーっっっっ。
て、わたしが「おめでとうございます」と言うと、
でもね、と言葉を遮られ。
「あたしゃ、籍なんて入れたくないのよ。向こうにも自分にも子供がいるし、こんな歳で籍なんていれたら、向こうさんのご家族も、きっといい顔しないだろうし、あたしも守ってきたもんあるし」
なので、籍は入れないで、事実婚という形を取ることを選択した二人。
けれど、やっぱりご主人の心配事は尽きないようで、
「自分が死んだ後、この嫁がずーっとこの家で暮らしていけるためにはどうしたら良いか」と考えた末、どーやら、遺言っつーもんがあるらしい、そこでちゃんと言っておけば、嫁が家から追んだされることもない、と、かき集めた知識を束ねた結果、そんじゃ司法書士さんに相談してみよう、となったらしく。
「あたしゃ別になんもいらないの。ただ、死ぬまでそこに住めれば、そんだけでいいの」
たぶん、それは本当だろう。籍とかそんなの関係なく、ただ一緒に暮らし、その後も思い出の家に住み続け、生涯を閉じることができたらそれだけで幸せなんだろう。
けれど、籍を入れない限り、Hさんがその家に住み続けられる保証がない。
内縁には、相続権がない。その家に住み続けられる絶対的な権利を得ることは難しい。
「遺言書を作りましょう。」
ご主人名義のお家を、Hさんに遺贈するという、遺言書を。
それがご主人の気持ち。
籍は違っても、二人の間に子どももいなくても、死ぬまで夫婦だったって言うことの、死んでも夫婦だってことの、ご主人なりの愛の表現なんだと思う。
「じゃあ、住民票を用意してくるわね。けど、もうすぐ相手のところに引っ越すから、新しいの、用意してくるわ」
嬉しそうに話すHさん。
その顔は、20歳の少女のようだよ。
きちんと準備が整ったら、一緒に公証役場へ行こう。
婚姻届を出す区役所ではないけれど、きっとそこも、幸せの場所。