先日、「深イイはなし」というブログにも登場したT子さん。
依頼されていた仕事が終了したので、本日再び彼女の家を訪れた。
T子さんは、この数年の間に、甲状腺のガンとその再発手術、脳梗塞も患って、ほぼ日常の大半を八畳ほどの部屋で過ごしている。
買い物に出ることさえ不自由なので、必要なものは全て宅配サービスを使い、外出することはほとんどない。
脳梗塞の後遺症で、顔の右半分が麻痺しているため、思うようにモノを咀嚼できず、食事を摂ることが困難のため、ご飯は一日二度。それも流動食にしているという。
ここまで聞くと、寂しい孤独な老人を思い浮かべそうなものだが、T子さんには全くその影がない。わたしが行くといつもにこやかな笑顔で迎えてくれ、時間の許す限り色んな話をしてくれる。
「先日、かかりつけの御医者さんが、立川に移動になってしまってね、10年ぶりに電車に乗ったの」
今日の最初の話題はこれだった。
「そしたらね、若い娘さんが席の前に立ってね、何やら鞄から取り出したと思うと、こうよ、うまーくバランスを取りながら、上手い具合にね、つけまつげをつけてるの。そのうち、いろんなものを取り出して、最後は、なあに、ギトギトのものを口に塗りたくり、口の周り、油まみれよ、あ~驚いた」
T子さんが年頃の頃は、身なりをきちんと整えてから出掛けるので当たり前だったので、電車の中で平気でお化粧をする若い娘さんに驚いたようだ。しかも、リップグロスというものが、あまりに衝撃的だったらしい。上手くバランをとりながら立っている娘さんの真似をするT子さんは、とてもユーモラスでお茶目だ。
そのほか、川崎が野っぱらだったこと、妹さんが、「おねえちゃんに相談したいことがある」と言ったきり、そのままこの世を去り、未だに何を相談したかったのかとても気になること、昔働いていたお蕎麦やさんには、「蠅屋」さんという、食べ終わった後の器にわざと蠅の死骸を入れ、「こんなんに金は払えねえ」と無銭飲食を繰り返す常連さんがいたこと。80年も生きてきたT子さん。話題にはことかかない。
そんな中、T子さんは、去年亡くなったご主人の話しをぽつりぽつりと始めた。
聞けばご主人は、病院で寝たきりとなり、T子さんは一人で7年もの間介護を続けていたらしく。そんな中、ご自身も甲状腺ガンが見つかったり、脳梗塞で倒れたりもしたけれど、最後の最後まで、ご主人のいる病院へ通い続けたそうだ。
「それが嫁の努めですから。苦労と思ったことは一度もない」
そうおっしゃるT子さん。
そして、いい歳して、と笑い、こう言った。
「最後の最後、あたしね、寝たきりの主人に言ったの。『愛してますよ~』って。そしたら、主人、『俺もだよ~』って。それから間もなく逝っちゃったんだけどね、伝えられて、間に合って良かったなあって、今は思うの」
だから、ちゃんと愛してる人には、生きてるうちに伝えなきゃダメよ、とT子さんはおっしゃった。
御歳、80と87のご夫婦。介護するベットの傍らで、こんなやりとりがあったなんて。
愛する気持ちに年齢なんて関係ない。その想いは、いくつになっても純粋で尊く美しい。
その時の二人の姿を想像して、わたしは自然に胸が熱くなる。
いつでも彼女はわたしに大切なものを教えてくれる。
帰り際、きゃらぶきの煮物と、豚味噌をタッパーに詰めて持たせてくれた。
T子さん、ありがとう。食べ終わったらタッパー返しにまた来るからね。
また色んなお話を聞かせてね。