時は流れて | みやみの『住めばmiyako』

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いつか沖縄で開業する日を夢見て、仕事に遊びに全力疾走中♪

実は、司法書士になるのに、丸三年かかっている。


自分の苦労話を自慢げに話すつもりはないけれど。


その頃わたしは、横浜スカイビルにあるレックリーガルマインドという資格の予備校に通っていた。

まったく法律なんかと無縁の世界で生きてきたわたしにとって、それはエベレストより高い目標だった富士山


そんなわたしが、そう簡単に受かるはずもなく、また、想像を遥かに超える試験に

わたしは、あらゆることを捨てねばならなった。


まず、最後の二年、夕飯を食べなかった(自習室に通っていたので、食べる時間を見失った)

友達との付き合いも絶ち(あの頃のわたしの口癖は、死んだものと思ってくれ)

歩くときには授業のテープを聞き、トイレには暗記すべき表を張り、お風呂の中ではイメージトレーニング

起床とともに教材を開き、夜の22時まで自習室にこもる日々。


そのころ徒然思うことは、

憲法第25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」・・・

って、あたし、できてるか??


そんな生活の中、唯一の休息が「夕刻の休み」


夕方5時になると、体力、気力ともに限界で、自習室をそっと抜け出し、

横浜そごうにある、二階のデッキ(マイナーだけど「風の広場」と名づけられているんだよ)に行き、大きく息を吸った。



ああ、わたしは生きてる。大丈夫天使



そうして三年間突っ走り、合格して七年また突っ走り。

受験時代から足かけ10年。40歳にもなるわな。ドクロ


そして、昨夜、横浜駅で少し時間ができたので、久しぶりに風の広場に行ってみた。


蘇るあの日々。いや~、胸がキュンとするね。


あの頃は、何も無かった横浜東口。デッキからは見渡すかぎり野っさらしだった。


それが今、高層マンションが立ち並び、右には大きな日産のビルも建ち、左にはベイクォーター。


本当に、何もなかったのに。



10年経って、わたしは司法書士ジムショの所長になった。

そして、何も無かった土地には輝く建物が立ち並ぶ。

10年って、すごい。無から有が生み出せる月日。


横浜の夜景を見ていたら、なんだか少し、感傷的になったしょぼん


【わかりにくいけど、風の広場から見たベイクォーターです。ここでこうやって、息吸ってたな~クローバー


右下矢印


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