11月18日。朝。
気だるさの中、携帯のアラーム音が響く。僕の携帯ではなく隣で寝ているジンのアラームだ。
「まっきー、9時だぞ」
ジンが眠た気な時間を告げる。
「ぬお!」
僕は跳ね起きた。昨日は気が昂ぶってなかなか眠れず、いつ寝落ちたのか憶えていない。僕のアラームは無常にもマナーモードにその機能を奪われていた。
まだ眠た気なジンを慌てて急かす。
「急げジン、完全に遅刻だ!」
「え、今日何時入りだっけ?」
ジンのアラームは9時にセットされていた。それじゃ駄目なんだ、くそ!
俺がついていながらなんてザマだ。
いつもジンに起こされているにもかかわらず、自分の不用意を責める。
「落ち着いて聞け…入り時間は…9時だ!」
「マジか!」
「マジだ、行くぞ!」
仕込みが二日あったため、本番に必要な衣裳やメイク用品は既に劇場だ。歯だけ磨いて部屋を出る。シャワーは劇場で浴びればいい。
運良くタクシーは一瞬で捕まり、劇場に到着したのは9時15分。今日は集合はないからしれっと合流してもバレないくらいの遅刻だ。
慌てて楽屋に入り、ジャージに着替える。舞台に到着すると、既に作業中。といっても若手が掃除、照明さんがチェックを始めているくらいで人もまばらだ。昨夜到着したばかりの先輩方はまだほとんどが楽屋で、10時開始の場当たりに備えている。「おう、おはよう」とさも9時に入っていたようなていで挨拶を交わすまくしも。プチ遅刻はもみ消し工作が重要だ。
しかし…音響チェックは既に終わっていた。
音響ブースへ駆け上がり、音響スタッフさんと関戸の元へ。
「すまん、世話をかけたな…」
「大丈夫ですよ、集合もないし。アバウトに9時、みたいな感じでみんなのんびりしてます」
「まあ寝てたなら仕方ない。起きてて来ないなら怒るけどな(笑)」
音響チームは大らかで助かる。だからこそ自分自身でしっかりしなければならない。大人な関係だ。
やがて場当たり開始の10時が近づく。衣裳やヘアメイクは必要ないので準備は万端だ。
「間もなく10時です。舞台に集合をお願いします」
演出助手からのアナウンスで出演者が舞台に集まってくる。
「予定の10時ですが、何人か寝坊で遅れています。できるところから始めたいと思います」
なんと…自分の遅刻で気が付かなかった。
「誰が来てないんだ?」
近くにいた緒方に尋ねる。
「神ちゃんと、洋二郎、あと、奥田さんですね。昨日かなり飲んでたみたいで」
なんと…三人もか。しかし、奥田さんはゲシちゃんと同室なのに遅刻とは…
「声はかけてきたんだけどさ。五時過ぎに帰ってきたからギリギリまで寝たいだろうと思って置いてきちゃった(笑)」
ゲシちゃんは、親切なのか意地悪なのかわからない笑みを湛えていた。
韓国ではこちらの通信会社と契約しないと携帯電話が国際電話扱いななってしまうため、たいていの役者は電源を落として不通になっている。だから確認が遅れ、三人はまだ到着していないとのこと。ホテルに連絡して無事は確認されているので心配はないが、こういうとき携帯が使えないのは痛い。
「すいませんでした、寝坊しました!」
いざ場当たり開始、というタイミングで三人が舞台にに姿を現した。なんとかセーフと言ってあげたいところだが、制作にも迷惑かけてるし、アウトだなぁ。遅刻はバレないようにするものだ。
ともあれ、場当たり開始。まずは夏の夜の夢から。セットチェンジの都合で今日初日を迎える十二夜の場当たりが後回し。
韓国とは言えこの当たりは日本と同じなので中略。夏夜の場当たりを無事終えたところで昼休憩と相成った。
例によって昼食は外だ。劇場の周りは飲食店が豊富にあって飽きることがない。
「今日は何を食べるのだ?」
エレベーターが一緒になった鈴木に尋ねる。
「なんか皆で参鶏湯食べようって言ってますね」
「サムゲタン?なんだそれは。ゲットダウンと関係しているのか?」
「多分…あまり関係ないと思います。鶏まるごと一匹にご飯詰めたスープ料理ってゆーか…」
「なんと、臓物を引きずり出して米を詰めるのか…けっこうなバイオレンスだな…」
「ええっと、まあ、そうですけど…」
絡み辛い先輩に捕まって不運なフレッシュ鈴木。これも勉強だ。
そして…
人生初サムゲタンに対面!
これは大迫力だ。しかも12000ウォンというなかなかリーズナブル。日本円にしたら1000円いかないくらいだ。
仲原の希望で餃子を一皿注文し、皆でお食事。今日のメンバーはチームサムゲタンで部署はバラバラ。既に名前の上がったメンバー以外に緒方、原田、堀川、奥田さんらが顔を連ねる。
会計の際、奥田さんに
「ご馳走様です!」
とワザと振ると、
「お前も遅刻したんだろ?(笑)」
と切り替えされる。…バレてる(。-_-。)
「まあでも、餃子代は俺が持つわ。鳥メイクありだから先行くぜ」
と、2万ウォンをテーブルに置いて去っていく努鳥。かなり男前だが、日本円にしたら1500円だ。
ともあれ、本気で奢らせる気はなかったのでちと申し訳なかったなぁ。でも、奥田さんは後輩と飲むと確実に奢るないしは多く出す人物。
前回Whiteのとき僕と奥田さんだけがチーム先輩だったもので、二人でよくスッカラカンになったなあ(笑)。
バオバブとハクションで毎晩飲んでたなんて、今考えたら面白いな。
そんなこんなで昼食を終え劇場に戻る。
十二夜の場当たりもまた順調に進み、16時を回った辺りで場当たりは終了。
開演は20時。いよいよカウントダウンと相成った。
続く!