どら焼き屋「どら春」にある日、おばあさんが「雇ってほしい」とやって来る。雇われ店長の千太郎(永瀬正敏)は初めは断るのだが、徳江(樹木希林)と名乗るおばあさんの作るあんは絶品だった。それまでどら焼き作りに何の思い入れもなかった千太郎だが、徳江を雇い入れ、店は繁盛していく。しかし徳江がハンセン病患者だったという噂が広まり、客足は急に遠のく。

 千太郎は「どら春」を辞めた徳江の元を訪ね、徳江の過去、千太郎の過去が明らかになっていく。

 あらすじを追えばそういった話だが、この映画の素晴らしさはあらすじではない。

 無気力な日々を過ごす店長さんが、徳江さんと出会ったことで変わっていく。彼らがあんを黙々と炊く姿にこそ物語がある。

 例えば春に花見客で賑わう公園で、淡々とどら焼きを売る人がいる。あの人にも人生があるのだなぁと、次の瞬間には忘れるのだとしても、その一瞬なぜか切なくなるような、そんな味わい深い映画である。



『あん』

河瀨直美監督

2015年 エレファントハウス


原作

ドリアン助川『あん』

ポプラ社