公衆トイレの清掃員である平山さんの朝は早い。夜明け間もなく、表を掃く箒の音で目覚める。歯を磨いて髭を整え、鉢植えに水をやる。暮らしている文化住宅の敷地内にある自販機で缶コーヒーを買って車に乗り込む。60年代や70年代の洋楽をカセットテープで聞きながら車を走らせ、仕事に向かう。

 昼になるとコンビニで買ったサンドイッチと牛乳を神社の境内で食べる。一日の仕事を終えると、銭湯の一番風呂に入る。呑み屋に出掛け、晩酌する。フォークナーや幸田文の文庫本を読んで眠りにつく。

 その繰り返しなのだ。休みの日にはコインランドリーと古本屋と居酒屋に寄る。

 言葉少なな平山さんは人と深く関わろうとしない。しかし決して人間嫌いというわけではなく、むしろお人好しだ。平山さんがなぜ清掃員になったのかも、平山さんの半生も家族との確執も具体的には描かれない。

 職業に上も下もないけれど、トイレの清掃員は社会の影のような仕事で、平山さんの暮らしはつつましい。けれど平山さんは貧しくないし、快適に暮らしている。

 一番風呂は気持ち良いし、呑み屋の大将は「おかえり!」と迎えてくれる。あの呑み屋、間違いなくおいしい。古本屋の女主人と言葉を交わし、休日に行く居酒屋の女将は平山さんに気があるのかもしれない。

 丁寧に描かれる平山さんの毎日をずっと見ているとなぜだか涙が出てくる。私もこんなふうに生きたかったんだ。

 平山さんを演じるのは役所広司だ。

 ツナギを着た役所広司が自販機で買ったBOSSを飲むときには『このろくでもない素晴らしき世界』というキャッチコピーが頭に浮かぶ。微笑みながら運転する役所広司が、たまらなくかっこいい。


2023年 日本・ドイツ

ヴィム・ヴェンダース監督