第二次世界大戦末期、中国大陸の奥深くまで「密偵」として潜入した西川一三。その八年にも及んだ旅を『深夜特急』の沢木耕太郎が描く。

 西川は日本人という身分を隠し、ロブサン・サンボーという名のラマ僧に扮して巡礼の旅に出る。日本人であることが露呈しないよう口数も少なく、勤勉な西川は周囲のラマ僧からの信頼も厚く、やがては立派な僧侶にまでもなっていく。

 八九歳で亡くなったという西川の人生の長さから考えると、八年の歳月は長いとはいえないかもしれない。しかしその八年はあまりにも数奇で濃密であった。

 日本の敗戦を知った後も旅を続けていた西川だったが、志半ばで日本に送還されることになる。その後のあまりに長い日本での生活は、まるでラマ僧の修行のように規則正しく、つつましく、ロブサン・サンボーらしく勤勉で言葉少なく、強い信念を胸に抱いていた。そして、あの旅の続きをいつも夢見ているかのような人生だったのではないだろうか。


『天路の旅人』

沢木耕太郎

2022年 新潮社