首席の成績で県庁に入庁した中沢環は、1年半後に地元の県税事務所に異動になる。病休に入った同期・染川裕未の穴を埋めるためだった。

 今中沢環の周りには、復帰し、総務へと配置換えになった染川裕未、ベテランパート職員の田邉、お局様と名高い堀主任、アルバイト職員の須藤深雪がいる。

 須藤深雪は真面目で腰も低いけれど要領が悪く、空気が読めない。簡単な業務でさえ失敗ばかりだ。いるいる、こういう人。その感想は須藤さんに対してだけ抱くものではない。

 事実だけを見ると傷ついたのは須藤さんだけのように思えてしまう。しかし小説は須藤さんではなく、周りにいた人たちにフォーカスを当てている。

 元の出世コースに戻るために入念な計算をする、隙のない彼女も、言いたいことを言う度胸もなく、ただ波風を立てないようにやり過ごそうとする彼女も、噂話ばかりしている彼女も、周りから疎まれる彼女も、皆、それほどに悪いわけではない。

 特別に優しいわけでも、冷たいわけでも、厳しいわけでもない。当たり前だけれどそれぞれに事情はある。人を思いやるほどの余裕を持ち合わせていなかっただけだし、他人としては思いやっていた。

 傷ついたり、傷つけられたり、簡単に許せなかったり、忘れられなかったり、忘れたり、仕事の世界も女の世界も様々な感情が渦巻いている。

 しかしこの小説は、彼女でも彼女でも彼女でも彼女でも、また彼女でもない私として、その厳しい世界を生きていけるかもしれない女子のためのエールにも思えるのだ。


『きみはだれかのどうでもいい人』

伊藤朱里

2019年 小学館