交通系ICカードの販売会社に勤務する中井優一は、マカオの娼婦ソフィに「あなたは王として旅を続けなければならない」と予言される。シェイクスピアの『マクベス』をなぞるように中井と同僚の伴は事件に巻き込まれていく。


 ICOCAを改札機にかざしながら、仕組みもわからずに、けれど当たり前のように使用しているこのICカードの裏に、事件や思惑が隠されているのだと思うと目眩を覚える。

 鴻上尚史の『ビー・ヒア・ナウ』に、「必然とは遠く離れて苦悩を続けたマクベスが、私は愛しくてしょうがない」という科白がある。中井が犯した数々の罪も、必然性はなかったように思える。なぜ中井がそこまでの罪を重ねなければならなかったのか。マクベスも、中井も、殺人を犯す必然性はあったのだろうか。

「お前はやがて王になる」という魔女の予言に翻弄され、破滅の道を辿るマクベスも、予言の解釈が違えば、悲劇を避けられたのかもしれない。中井もまた、あれだけ裏社会と通じたのなら、別の方法を見出すこともできたのかもしれないが、バンクォーを演じた伴と共に『マクベス』に囚われすぎていた。

 さて、この物語に登場する美女たちは、中井に対して恋心とは違う場合もあるが、皆がいくらかの好意を抱いている。高校時代に恋をした少女が、密かに自分を想っていたという話はまだわかるが、20年経ってもまだ大切に想っているなんて、男性というのはまったく、おめでたいというか、よくいえばロマンチストである。



『未必のマクベス』

早瀬耕

2014年  早川書房


『マクベス』

シェイクスピア

福田恆存 訳

昭和57年 新潮社


『ビー・ヒア・ナウ』

鴻上尚史

2000年 白水社