存在しない十三人目

第8話 07からの電話

相馬冬真は、俺の名前だった。

電話は切れている。

冬真はスマートフォンを耳に当てたまま、

動けなかった。

目の前には、

二人の少年が写った写真。

一九九六年十一月二十一日。

旧市立図書館。

一人は、

現在の自分の幼少期に見える。

もう一人は、

赤いファイルの07。

そして。

電話の男は言った。

俺が07だ。

お前の父親が、俺から盗んだ名前だ。

「……意味分かんねえよ」

冬真は呟いた。

着信履歴。

番号は残っている。

非通知ではない。

冬真はかけ直した。

呼び出し音。

一回。

二回。

三回。

『はい』

出た。

冬真は少し驚いた。

「……07?」

電話の向こうで、

男が笑った。

『その呼び方、嫌いなんだけどな』

「じゃあ名前を言え」

沈黙。

『名前はない』

「さっき相馬冬真が自分の名前だって言っただろ」

『だった』

「今は?」

『ない』

「ふざけるな」

『ふざけてない』

男の声は若い。

冬真と同じくらい。

いや。

少し上かもしれない。

もし一九九六年に七歳なら、

現在は三十七歳前後。

計算は合う。

だが。

それだけで信用する理由にはならない。

「証拠は?」

冬真が聞いた。

『何の』

「お前が07だって証拠」

数秒。

男は答えた。

『右足』

「は?」

『写真の子供の右足を見ろ』

冬真は赤いファイルを開いた。

07の全身写真。

右足。

靴下。

「何がある」

『靴下じゃない』

冬真は写真を拡大する。

ズボンの裾。

わずかに見える皮膚。

傷。

縦に長い。

『右足首に七センチくらいの傷がある』

確かに、

写っている。

『俺にもある』

「そんなの、ファイルを見てれば分かる」

『そうだな』

男はあっさり認めた。

『だから証拠にはならない』

冬真は黙った。

『少しは頭使うようになったな』

「……お前、俺を知ってるのか」

男の声から、

笑いが消えた。

『知ってる』

「いつから」

『お前が俺の名前を使い始める前から』

冬真の手に、

力が入った。

 

 

 

 

 

「一九九六年に俺と会ってる?」

『会ってる』

「図書館で?」

沈黙。

「写真がある」

『見たんだろ』

「二人で写ってる」

『そうだ』

「じゃあ俺は誰なんだ」

男は答えない。

「俺の本当の名前は?」

『知らない』

「は?」

『俺も知らない』

「じゃあ何で俺が名前を盗んだって分かる」

『盗んだのはお前じゃない』

男の声が低くなる。

『宗一郎だ』

「親父が?」

『あいつが俺から相馬冬真を消した』

「待て」

冬真は写真を見る。

「相馬冬真って名前は、元々お前の名前だった?」

『そうだ』

「じゃあ宗一郎は」

冬真は言葉に詰まった。

「俺の父親じゃなくて、お前の父親なのか?」

電話の向こうが、

静かになった。

長い。

「答えろよ」

『それを知りたいから、まだ生きてる』

「……何?」

『俺にも分からない』

冬真は眉を寄せる。

『宗一郎が俺の父親だったのか』

男は続けた。

『お前の父親だったのか』

そして。

『どちらの父親でもなかったのか』

冬真は、

切り取られた検査結果を思い出した。

生物学的父子関係を――

父は、

その先を隠した。

「親子鑑定の結果を知ってる?」

『知らない』

「ファイルにあった」

男の呼吸が変わった。

『結果は?』

「切り取られてる」

『……宗一郎か』

「多分」

電話の向こうで、

小さく舌打ちする音。

『あいつは最後まで同じだな』

「親父を知ってるんだな」

『知ってる』

「どんな人だった?」

男は、

しばらく答えなかった。

そして。

『俺が世界で一番信用してた人間だ』

冬真は何も言えなくなった。

 

 

 

 

 

「じゃあ何で恨んでる」

『信用したからだよ』

男は言った。

『信用して全部失った』

「何を」

『名前』

一つ。

『家族』

二つ。

『自分が誰だったか』

三つ。

『全部だ』

冬真は赤いファイルを見る。

「十二人に何があった」

『それを誰に聞いた』

「今日会った女」

沈黙。

今までで一番長かった。

『女の特徴』

「何で」

『言え』

「三十代くらい。黒いジャケット。肩くらいの髪」

『名前は』

「聞いてない」

『何て言ってた』

「十二人の一人だって」

男が、

息を吐いた。

『嘘だ』

冬真は眉を寄せる。

「何で分かる」

『十二人の中に女はいない』

「……え?」

『全員男だ』

冬真は、

一九九六年の集合写真を思い出した。

十三人。

男も女もいた。

「いや、写真には女性も――」

『それは十二人じゃない』

冬真は止まった。

「じゃあ、あの集合写真は何なんだ」

『東和の写真だろ』

「そう」

『あれを十二人だと思ってたのか』

冬真は答えられない。

確かに。

誰も、

あの写真の十二人が組織の十二人だとは言っていない。

自分が勝手に、

そう結びつけていた。

「じゃあ十二人って誰なんだ」

『知らない方がいい』

「それ聞き飽きた」

『じゃあ一つだけ教える』

男が言った。

『十二人は人間の数じゃない』

冬真の指が止まる。

「……どういう意味?」

『そのまま』

「TWELVE ARE DEADって」

『それも、人間が十二人死んだって意味じゃない』

「じゃあ何が死んだ」

男は答えなかった。

代わりに。

『黒い本はどこにある』

冬真はテーブルの端を見る。

旅行バッグ。

「持ってる」

『捨てろ』

「何で」

『それは宗一郎が残したものじゃない』

冬真の視線が、

黒い本を隠した場所で止まった。

 

 

 

 

 

「筆跡は親父だった」

『だから何だ』

「手書きだぞ」

『筆跡なんて作れる』

「じゃあ誰が送った」

『知らない』

「知らないことばっかりだな」

『二十九年前のことを全部知ってる奴がいたら』

男は言った。

『そいつが一番怪しい』

冬真は、

白沢で会った女を思い出した。

彼女も言った。

私の記憶も完全ではない。

そして。

私も信用しないでください。

話が一致している。

敵同士に見える二人が、

同じことを言う。

「一つ聞く」

『何』

「田所さんを殺したのは?」

沈黙。

『知らない』

「田所さんになりすました男は?」

『知らない』

「榊原になりすました男」

『知らない』

「非通知で電話してくる男」

そこで。

電話の向こうが止まった。

冬真は気づいた。

「知ってるな」

『……』

「誰だ」

『そいつから電話が来ても出るな』

「だから誰なんだ」

『切る』

「待て!」

通話が切れた。

冬真はすぐにかけ直した。

繋がらない。

電源が切られている。

「くそ……」

その瞬間。

着信。

非通知。

冬真は画面を見る。

07を名乗る男。

そいつから電話が来ても出るな。

冬真は迷った。

そして。

出た。

「もしもし」

いつもの男。

『07と話したな』

冬真は背筋が冷たくなった。

「……何で知ってる」

『何を言われた』

「お前から電話が来ても出るなって」

電話の向こう。

小さな笑い。

『それで出たのか』

「お前は誰だ」

『その男は07じゃない』

冬真は目を閉じた。

まただ。

全員が、

全員を否定する。

 

 

 

 

 

「証拠は?」

冬真が聞いた。

『07は死んだ』

「いつ」

『一九九六年十一月二十一日』

冬真は写真を見る。

日付。

1996.11.21

二人の少年。

「その日の写真がある」

『知っている』

「07が写ってる」

『知っている』

「じゃあ死んでないだろ」

男は答えた。

『写真が撮られた三時間後に死んだ』

冬真の呼吸が止まる。

「どうやって」

『殺された』

「誰に」

沈黙。

「親父か?」

男は答えない。

「宗一郎が殺したのか」

『違う』

即答だった。

「じゃあ誰だ」

『十三人目』

冬真は椅子に座った。

また、

十三人目。

「十三人目って何なんだ」

『人間じゃない』

冬真は眉を寄せた。

「は?」

『正確には、人を指す言葉じゃない』

さっき07を名乗る男は、

十二人は人間の数ではないと言った。

今度は、

十三人目も人間ではない。

「じゃあ何なんだよ」

男は、

少し迷ったようだった。

『記録だ』

冬真は黙った。

「記録?」

『十二の記録がある』

『そのどれにも属さない記録』

『存在してはいけない十三番目』

冬真の頭に、

東和記録株式会社。

病院の記録。

黒い本。

父。

そして、

幼い頃の言葉。

ここに。

男が続けた。

『それを、十三人目と呼んでいた』

「誰が?」

『書庫』

初めて聞く言葉だった。

「しょこ?」

『ARCHIVE』

英語。

冬真は、

無意識にメモを取った。

書庫

ARCHIVE

「組織の名前?」

『……』

「答えろ」

『もう遅い』

「何が」

男の声が低くなる。

『お前がその名前を聞いた時点で』

一拍。

『向こうも、お前を知った』

通話が切れた。

 

 

 

 

 

冬真は、

紙に書いた文字を見ていた。

書庫

ただの二文字。

なのに。

見覚えがある。

どこで。

会社?

父の遺品?

病院?

冬真は記憶を辿った。

違う。

もっと最近。

赤いファイル。

冬真は07のファイルを開く。

ページをめくる。

ない。

次。

ない。

破られたページ。

最後。

ない。

「どこだ……」

黒い本。

冬真は旅行バッグから、

THE THIRTEENTHを取り出した。

最初から見る。

英文。

赤線。

ページ。

ページ。

最後。

父の文字。

冬真へ。次は君の番だ。

ない。

冬真は本を閉じた。

そのとき。

表紙の内側。

光の角度で、

何かが見えた。

押し跡。

文字。

鉛筆を横に寝かせ、

薄く擦る。

浮かんできた。

英字。

ARCHIVE

その下。

数字。

13

そして、

さらに小さな文字。

RETURNED

返却済み。

冬真は意味を考える。

その瞬間。

玄関の外。

音。

足音ではない。

何かが、

ドアの下から差し込まれた。

冬真は動かなかった。

数秒待つ。

近づく。

白い封筒。

まただ。

拾う。

表。

何もない。

中。

一枚のコピー用紙。

冬真は開いた。

会社の書類。

東和記録株式会社。

社員情報。

自分。

相馬冬真

社員番号。

入社日。

住所。

生年月日。

見慣れた情報。

だが。

一番下に、

通常の社員情報にはない欄がある。

原記録照合番号

その横。

ARCHIVE-13

冬真の指が止まった。

さらに下。

赤い文字。

返却期限

日付。

2026年9月23日

二日後。

その下に、

手書きで一行。

返すのは本ではない。

冬真は、

玄関を見る。

意味を理解したくなかった。

だが。

最後の一行が、

それを許さなかった。

返却対象:相馬冬真