右足・・・きれい。
まだ黒ラベル中毒中です。
黒ラベル残り2本・・・。至福の時間はあと二日で終わりです。
だれか僕に黒ラベルちょうだい。
さて・・・。
11月20日から集中してやってきたマキニウム演技ワークショップ「誰にでもできる演技 あなたにしかできない演技」、終了しました。
今日もとても楽しいワークショップになりました。
「初めての演劇~まずその一歩を踏み出そう」というワークショップに参加した人々は、その名の通り、演劇未経験者の方ばかり。
これがとても楽しいワークショップになったのでした。
未経験者の方というのは、演技に対する固定観念が少ない!
演技経験者が10人いたら9人がやるような演技を、良くも悪くも(?)しないのであります。
みなさんこのままそれぞれの個性を伸ばしていただけたら、きっときっと魅力的な役者になるんじゃないかと思いました。
こういう日があるから、ワークショップは楽しい。
来年も、どしどしやっていきます。
黒ラベル残り2本・・・。至福の時間はあと二日で終わりです。
だれか僕に黒ラベルちょうだい。
さて・・・。
11月20日から集中してやってきたマキニウム演技ワークショップ「誰にでもできる演技 あなたにしかできない演技」、終了しました。
今日もとても楽しいワークショップになりました。
「初めての演劇~まずその一歩を踏み出そう」というワークショップに参加した人々は、その名の通り、演劇未経験者の方ばかり。
これがとても楽しいワークショップになったのでした。
未経験者の方というのは、演技に対する固定観念が少ない!
演技経験者が10人いたら9人がやるような演技を、良くも悪くも(?)しないのであります。
みなさんこのままそれぞれの個性を伸ばしていただけたら、きっときっと魅力的な役者になるんじゃないかと思いました。
こういう日があるから、ワークショップは楽しい。
来年も、どしどしやっていきます。
もうだめです。
一度黒ラベルの味を知ったら、○ラフトワンは飲めません。
黒ラベルの味が口の中に残ってる。
アイ・アム、黒ラベル中毒。
意味違うか。
一度黒ラベルの味を知ったら、○ラフトワンは飲めません。
黒ラベルの味が口の中に残ってる。
アイ・アム、黒ラベル中毒。
意味違うか。
昨日、やってしまいました。
いつもはうまいと思って飲んでいる○ラフトワン。
味がな~い。
それだけです。
いつもはうまいと思って飲んでいる○ラフトワン。
味がな~い。
それだけです。
別にサッポロビールの回し者ではありません。
昨日うちに、サッポロ黒ラベル6缶パックが届きました。
サッポロビールのwebサイトでクイズに答えたりなんかして(そんな暇あったら脚本書けとは言わないでー!)、当たったのです。
うれしー!
缶ビール飲むなんて、何ヶ月ぶりでしょ。
いつもは○ラフトワンや新○ですから。
濃い!
久しぶりの缶ビールは、濃かったです。うまい!
サッポロビールに乾杯!
ちなみにサッポロビールのwebサイト、ゲームとかあって結構楽しいですよ。
だから回し者じゃないって!
昨日うちに、サッポロ黒ラベル6缶パックが届きました。
サッポロビールのwebサイトでクイズに答えたりなんかして(そんな暇あったら脚本書けとは言わないでー!)、当たったのです。
うれしー!
缶ビール飲むなんて、何ヶ月ぶりでしょ。
いつもは○ラフトワンや新○ですから。
濃い!
久しぶりの缶ビールは、濃かったです。うまい!
サッポロビールに乾杯!
ちなみにサッポロビールのwebサイト、ゲームとかあって結構楽しいですよ。
だから回し者じゃないって!
RUSH!!とyhsを見てきた。
RUSH!!とyhsは、言わずと知れた札幌の人気劇団の二つだ。
RUSHは、劇場BLOCHで7回公演だったが、僕の見た回(土曜12:00~)は50人程度だろうか。yhsは琴似パトスで5回公演。僕のみた回(土曜14:00~)はほぼ満員、100人くらいいただろうか。特筆すべきはRUSH!!の出演者は3人だということだ。3人でBLOCH7回公演。どうやって客集めてんの!!
それはそうと、今日書きたいのは「舞台での北海道弁」のことだ。くしくも、今日の二つの人気劇団は舞台上で堂々と北海道弁を使っていた。「~っしょ」「なまら」など。今の若い人は全く不自然じゃないんだろうなあ。
僕らが演劇を始めた頃、北海道弁や北海道なまりは結構矯正された。舞台上での北海道くささは、「田舎くさ」く、「興ざめ」なものだった。
僕が旗揚げの頃セリフに「北海道弁」を入れた時は、なぜか結構「勇気」が要ったものだった。
TEAM NACSは結構、意図的に北海道弁を使う。北海道の演劇に「北海道弁」が「田舎臭くないもの」として定着してきたのは、彼らの影響もあるのかもしれない。
ともかく、今北海道の舞台で北海道弁を使うのは別に「イケてない」ことではない。
演劇文化が少し成熟してきたのではないかと思う。
演劇は、「地域」とは切り離せない。
札幌には札幌の演劇があり、東京には東京の、後志には後志の演劇がある。
TEAM-NACSがハタチの時全員で東京に行っていたら、全く別の劇団になっただろう。
演劇を創る時、地域や地域文化の影響から解放されることはないのだ。
その意味で、北海道の演劇界が北海道弁を使うことを嫌っていたり、または「ダサイ」と感じていたら、それはなんだか、不自然というか、バランスが悪い気がする。
北海道の人しか見に来ていない、あるいは北海道の人たちを観客として想定している演劇なのに、北海道弁がタブーというのは。
『北海道で演劇をやる時には「必ず」北海道弁を使った方がいい』と言っている訳じゃない。いろいろな演劇がある。言葉を選ぶのは自由だ。
ただ、「演劇界全体として」そういう空気があったなら、それは演劇文化が地域の中で成熟していない証拠なんじゃないかと思う。
「演劇文化の地域の中での成熟」と、創っている作品のクオリティの高さは、必ずしも一致している訳じゃない。それはここでの趣旨ではない。
10年前と今では、「舞台での北海道弁」に対する作り手の感覚が、明らかに違ってきている。それは同時に、演劇文化の地域での成熟を意味しているんじゃないか、そんなことを考えた。
RUSH!!とyhsは、言わずと知れた札幌の人気劇団の二つだ。
RUSHは、劇場BLOCHで7回公演だったが、僕の見た回(土曜12:00~)は50人程度だろうか。yhsは琴似パトスで5回公演。僕のみた回(土曜14:00~)はほぼ満員、100人くらいいただろうか。特筆すべきはRUSH!!の出演者は3人だということだ。3人でBLOCH7回公演。どうやって客集めてんの!!
それはそうと、今日書きたいのは「舞台での北海道弁」のことだ。くしくも、今日の二つの人気劇団は舞台上で堂々と北海道弁を使っていた。「~っしょ」「なまら」など。今の若い人は全く不自然じゃないんだろうなあ。
僕らが演劇を始めた頃、北海道弁や北海道なまりは結構矯正された。舞台上での北海道くささは、「田舎くさ」く、「興ざめ」なものだった。
僕が旗揚げの頃セリフに「北海道弁」を入れた時は、なぜか結構「勇気」が要ったものだった。
TEAM NACSは結構、意図的に北海道弁を使う。北海道の演劇に「北海道弁」が「田舎臭くないもの」として定着してきたのは、彼らの影響もあるのかもしれない。
ともかく、今北海道の舞台で北海道弁を使うのは別に「イケてない」ことではない。
演劇文化が少し成熟してきたのではないかと思う。
演劇は、「地域」とは切り離せない。
札幌には札幌の演劇があり、東京には東京の、後志には後志の演劇がある。
TEAM-NACSがハタチの時全員で東京に行っていたら、全く別の劇団になっただろう。
演劇を創る時、地域や地域文化の影響から解放されることはないのだ。
その意味で、北海道の演劇界が北海道弁を使うことを嫌っていたり、または「ダサイ」と感じていたら、それはなんだか、不自然というか、バランスが悪い気がする。
北海道の人しか見に来ていない、あるいは北海道の人たちを観客として想定している演劇なのに、北海道弁がタブーというのは。
『北海道で演劇をやる時には「必ず」北海道弁を使った方がいい』と言っている訳じゃない。いろいろな演劇がある。言葉を選ぶのは自由だ。
ただ、「演劇界全体として」そういう空気があったなら、それは演劇文化が地域の中で成熟していない証拠なんじゃないかと思う。
「演劇文化の地域の中での成熟」と、創っている作品のクオリティの高さは、必ずしも一致している訳じゃない。それはここでの趣旨ではない。
10年前と今では、「舞台での北海道弁」に対する作り手の感覚が、明らかに違ってきている。それは同時に、演劇文化の地域での成熟を意味しているんじゃないか、そんなことを考えた。
マキニウムワークショップのご案内です。詳しくは、マキニウムホームページ次回ワークショップ情報をご覧下さい。
マキニウムでは、2006年3月にワークショップ参加者を中心とした公演を予定しています。まずはワークショップにご参加下さい。
2005年11月20日(日)
「セリフ覚えのワークショップ」
2005年11月23日(祝)
「くさ演技・ぎこちな演技対処法」
2005年11月27日(日)
「マキニウム"音の演技法"ワークショップ」
2005年12月4日(日)
「はじめての演劇~まず、その一歩を踏み出そう!」
時間は全て10:30~16:30、料金は1800円、場所は、札幌市生涯学習総合センターちえりあ4Fアトリエです。
申し込みは、下のメールアドレスでお受けしています。お待ちしています!
hbs.2004@dw.rmail.ne.jp
詳しくは・・・マキニウムホームページ
http://www2.odn.ne.jp/~cdx85370/
マキニウムでは、2006年3月にワークショップ参加者を中心とした公演を予定しています。まずはワークショップにご参加下さい。
2005年11月20日(日)
「セリフ覚えのワークショップ」
2005年11月23日(祝)
「くさ演技・ぎこちな演技対処法」
2005年11月27日(日)
「マキニウム"音の演技法"ワークショップ」
2005年12月4日(日)
「はじめての演劇~まず、その一歩を踏み出そう!」
時間は全て10:30~16:30、料金は1800円、場所は、札幌市生涯学習総合センターちえりあ4Fアトリエです。
申し込みは、下のメールアドレスでお受けしています。お待ちしています!
hbs.2004@dw.rmail.ne.jp
詳しくは・・・マキニウムホームページ
http://www2.odn.ne.jp/~cdx85370/
ジャイアント馬場というプロレスラーがいる。いわずと知れた偉大なプロレスラーだ。プロレスリング・ノアの三沢光晴の師匠であり、当時世界最高と言われたNWA世界王者にもなった人だ。
ぼくらの世代では「猪木の方がつよい」と思っている人が結構多いようだ。しかし世界的な名声は、馬場さんの方が上をいっている。
「僕でもひけた」の馬場さんしか知らない人は、その強さなど想像もできないかもしれない(その「僕でもひけた」を知っている人ももう少ないのかも)が、馬場さんはかなり強かったのだ。
馬場さんがよく言っていたことに、「相手の挑発にいちいち乗っていたら、観客には相手と同レベルと見られてしまう」というのがある。
アブドーラ・ザ・ブッチャーやタイガー・ジェット・シン、上田馬之助から鶴見五郎に至るまで、馬場さんは常に挑発された。馬場さんを相手に戦うことができれば、レスラーにとっては「おいしい」話なのだ。万が一馬場さんとシングル戦が組まれようものなら、テレビ中継に出られる、人気も出る、ギャラはアップするといいことづくめだ。
しかし馬場さんは、めったなことではその挑発に乗らなかった。
リングサイドで馬場さんが試合の解説をしている時、試合中もしくは試合を終えたばかりの選手が放送席の馬場さんにちょっかいを出すことがよくあった。
しかし馬場さんは、ほとんどの場合、にらみつけるだけで、挑発に乗ることは無かった。
その結果観客は、挑発する選手と馬場さんの間に「格の違い」を感じるのだ。
「馬場さんの方が強そう」
そう感じるのだ。
猪木もかつて、マスコミを通して馬場さんを挑発しつづけ、馬場さんにシングル戦を要求しつづけた。
しかし馬場さんはついに猪木とのシングル戦を実現しなかった。
猪木の、「マスコミを使って対戦要求する」という手段が気に入らなかったのだ。
※※※※※※
今、「若者の右傾化」が進んでいるらしい。
中国や韓国からとやかく言われて、黙っていられない、首相には靖国神社に堂々と参拝に行ってほしい、ということらしい。
「日本は軽く見られている」
そう思っているようだ。
しかし、挑発したり文句を言ったりするのは、軽く見ていない証拠だ。
中国や韓国は、日本に嫉妬を感じ、劣等感を感じ、日本を攻撃しているのだ。
中国や韓国の人を非難しているわけじゃない。
中国や韓国の人がこれを読んだら怒るかもしれない。
しかし少なくとも、「日本を軽く見て」日本に対して文句を言ってるのではない。
相当意識しているから、というか追いつき追い越したいという感情が背後に相当あって、感情的になっているのだ。
日本の強さを1番知らないのは、日本人だと思う。
アジアの人たちは、日本の強さを嫌というほど知っている。
日本は強い。だから馬場さんなんだ。
ぼくらの世代では「猪木の方がつよい」と思っている人が結構多いようだ。しかし世界的な名声は、馬場さんの方が上をいっている。
「僕でもひけた」の馬場さんしか知らない人は、その強さなど想像もできないかもしれない(その「僕でもひけた」を知っている人ももう少ないのかも)が、馬場さんはかなり強かったのだ。
馬場さんがよく言っていたことに、「相手の挑発にいちいち乗っていたら、観客には相手と同レベルと見られてしまう」というのがある。
アブドーラ・ザ・ブッチャーやタイガー・ジェット・シン、上田馬之助から鶴見五郎に至るまで、馬場さんは常に挑発された。馬場さんを相手に戦うことができれば、レスラーにとっては「おいしい」話なのだ。万が一馬場さんとシングル戦が組まれようものなら、テレビ中継に出られる、人気も出る、ギャラはアップするといいことづくめだ。
しかし馬場さんは、めったなことではその挑発に乗らなかった。
リングサイドで馬場さんが試合の解説をしている時、試合中もしくは試合を終えたばかりの選手が放送席の馬場さんにちょっかいを出すことがよくあった。
しかし馬場さんは、ほとんどの場合、にらみつけるだけで、挑発に乗ることは無かった。
その結果観客は、挑発する選手と馬場さんの間に「格の違い」を感じるのだ。
「馬場さんの方が強そう」
そう感じるのだ。
猪木もかつて、マスコミを通して馬場さんを挑発しつづけ、馬場さんにシングル戦を要求しつづけた。
しかし馬場さんはついに猪木とのシングル戦を実現しなかった。
猪木の、「マスコミを使って対戦要求する」という手段が気に入らなかったのだ。
※※※※※※
今、「若者の右傾化」が進んでいるらしい。
中国や韓国からとやかく言われて、黙っていられない、首相には靖国神社に堂々と参拝に行ってほしい、ということらしい。
「日本は軽く見られている」
そう思っているようだ。
しかし、挑発したり文句を言ったりするのは、軽く見ていない証拠だ。
中国や韓国は、日本に嫉妬を感じ、劣等感を感じ、日本を攻撃しているのだ。
中国や韓国の人を非難しているわけじゃない。
中国や韓国の人がこれを読んだら怒るかもしれない。
しかし少なくとも、「日本を軽く見て」日本に対して文句を言ってるのではない。
相当意識しているから、というか追いつき追い越したいという感情が背後に相当あって、感情的になっているのだ。
日本の強さを1番知らないのは、日本人だと思う。
アジアの人たちは、日本の強さを嫌というほど知っている。
日本は強い。だから馬場さんなんだ。
みなさん、気をつけて下さい・・・。
ネパールダンスを見た。
見たといってもそれは稽古であり、あとは本場のビデオを見ただけであるが。
ネパールダンスは、なんだか不可思議な動きをする。体は動かず首だけが横にぐにっぐにっと曲がったり、およそ僕たちの知っている「ダンス」とは違った動きだ。
なんだか、中国の踊りに似てるのかなと思った。
ネパールダンスでは、決して(というか詳しくは知らないから「ほとんど」とした方がいいか)足をピンと伸ばしたり、手を精一杯高く突き出したり、そういうことはしない。
西洋の踊りは、例えばクラシックバレエに代表されるように、つま先をピンと伸ばしたり、背筋をピンと伸ばしたりというのが普通だ。
全力だ。
ところが、ネパールダンスは、観客から見ると決して全力に踊っているようには見えない。
なんだか楽しそうだ。余裕がある。
もちろんクラシックバレエでも、いかに全力でやっているように見せないか、というのは技術の一つであるが、いかに涼しい顔でやっていようとも、あのピンと足を伸ばしてクルクル回っている姿からは「全力」または「全部」という表現がぴったりくるように思う。
ジャズダンスやモダンバレエも、基本的には同じだ。
「基本的には」というのは、「踊りの基本が」という意味ではない。
客から見て「全力勝負」という印象があるか、という点である。
誤解のないように何度も言うが、これら西洋の踊りも、ハイレベルの人は決して演じている人の大変さが客に伝わることはない。しかし全体として、「全力でやっている感じ」っていうのはあると思う。
中国の踊りは僕はほとんどきちんと見たことがないが、考えたらネパールと中国は隣同士だし、文化的に近いところがあるのは当然だ。
そして、中国の踊りもネパールダンスも、なんだか全力じゃない、余裕があるというか、奥ゆかしさがあるというか、そんな感じなのだ。
考えてみたら、僕たちの日本もそうだ。
日本舞踊や能なども、なんというか西洋の「全力」とはちょっと違った「余裕」があるんじゃないかと思う。やってる人の余裕じゃない。なにか「余裕のあることを良しとする美学」のようなものが漂っている感じがする。
話変わって、靖国参拝問題。
小泉がついに行った。
今ここでその小泉さんの判断について論じるのはやめておく。
僕が思うのは、この参拝を応援するのか、そうじゃないのかということだ。
中国や韓国の批判を「内政干渉だ」という人がいる。
それはそれでそうかもしれない。
ただ、中国や韓国の人が嫌がっているのは事実だ。
人の嫌がっていることをやる時というのは、自分に余裕がない時だ。
人間関係でもそうだ。
誰も人から嫌われたいと心から願っている人はいない。
自分に余裕がなくなった時、嫌われてしまうとわかっていても人はそれをやってしまう。
今、アジアの美学が日本人に試されている。
「内政干渉だ」と言って居直るのか。
「嫌ならやめてあげよう」と余裕を見せるのか―
見たといってもそれは稽古であり、あとは本場のビデオを見ただけであるが。
ネパールダンスは、なんだか不可思議な動きをする。体は動かず首だけが横にぐにっぐにっと曲がったり、およそ僕たちの知っている「ダンス」とは違った動きだ。
なんだか、中国の踊りに似てるのかなと思った。
ネパールダンスでは、決して(というか詳しくは知らないから「ほとんど」とした方がいいか)足をピンと伸ばしたり、手を精一杯高く突き出したり、そういうことはしない。
西洋の踊りは、例えばクラシックバレエに代表されるように、つま先をピンと伸ばしたり、背筋をピンと伸ばしたりというのが普通だ。
全力だ。
ところが、ネパールダンスは、観客から見ると決して全力に踊っているようには見えない。
なんだか楽しそうだ。余裕がある。
もちろんクラシックバレエでも、いかに全力でやっているように見せないか、というのは技術の一つであるが、いかに涼しい顔でやっていようとも、あのピンと足を伸ばしてクルクル回っている姿からは「全力」または「全部」という表現がぴったりくるように思う。
ジャズダンスやモダンバレエも、基本的には同じだ。
「基本的には」というのは、「踊りの基本が」という意味ではない。
客から見て「全力勝負」という印象があるか、という点である。
誤解のないように何度も言うが、これら西洋の踊りも、ハイレベルの人は決して演じている人の大変さが客に伝わることはない。しかし全体として、「全力でやっている感じ」っていうのはあると思う。
中国の踊りは僕はほとんどきちんと見たことがないが、考えたらネパールと中国は隣同士だし、文化的に近いところがあるのは当然だ。
そして、中国の踊りもネパールダンスも、なんだか全力じゃない、余裕があるというか、奥ゆかしさがあるというか、そんな感じなのだ。
考えてみたら、僕たちの日本もそうだ。
日本舞踊や能なども、なんというか西洋の「全力」とはちょっと違った「余裕」があるんじゃないかと思う。やってる人の余裕じゃない。なにか「余裕のあることを良しとする美学」のようなものが漂っている感じがする。
話変わって、靖国参拝問題。
小泉がついに行った。
今ここでその小泉さんの判断について論じるのはやめておく。
僕が思うのは、この参拝を応援するのか、そうじゃないのかということだ。
中国や韓国の批判を「内政干渉だ」という人がいる。
それはそれでそうかもしれない。
ただ、中国や韓国の人が嫌がっているのは事実だ。
人の嫌がっていることをやる時というのは、自分に余裕がない時だ。
人間関係でもそうだ。
誰も人から嫌われたいと心から願っている人はいない。
自分に余裕がなくなった時、嫌われてしまうとわかっていても人はそれをやってしまう。
今、アジアの美学が日本人に試されている。
「内政干渉だ」と言って居直るのか。
「嫌ならやめてあげよう」と余裕を見せるのか―