映画キャストオーディション詳細発表!
お待たせしました!
映画「よろこびの槌音」(仮題)のキャストオーディションの詳細が決まりましたので発表させていただきます。
オーディション当日まで時間がありませんのでお急ぎください。
誰でも知っている有名な俳優も多数出演します。
この機会をお見逃しなく!
※この映画は官営富岡製糸場が出来るまで~出来てからの物語。
製糸場建設に携わった人々や、製糸場で工女として働いた人々にスポットを当てることにより、“世界遺産暫定リスト”入りした「富岡製糸場と絹産業遺産群」の認知度向上を狙い、「文化遺産」としての“世界遺産登録”を目指します。
1.日時
2009年7月5日(日)
①14:00~
②14:45~
③15:30~
④16:15~
(上記4つの時間帯からお好きな時間帯をお選びください)
※上記日時のご都合が悪い方はご相談ください。
平日夜に対応させていただきます。
2.場所
東京都港区飯倉福祉会館
(〒106-0044 港区東麻布2丁目16番11号)
http://www.city.minato.tokyo.jp/sisetu/hukusi/kaikan/iikura/index.html
・地下鉄
大江戸線赤羽橋駅 中之橋口 徒歩5分
南北線・大江戸線麻布十番駅 6番出口 徒歩5分
・都バス
(橋86)新橋駅~目黒駅 中之橋バス停 徒歩5分
・港区コミュニティバス(ちぃばす)
(田町ルート)田町駅東口~六本木ヒルズ
法務局入口バス停 徒歩4分
東麻布2丁目バス停 徒歩4分
3.応募
受験料無料。
年齢・性別・プロ・アマ不問。
プロダクション等に所属している方でもOK。
①氏名
②年齢
③性別
④連絡先(住所・電話番号・メールアドレス等)
を明記の上、下記までメールにてご応募ください。
折り返し「応募受付完了」のメールを返信します。
※2日たっても返事がない場合はネットワーク上のトラブル等が考えられますので、お手数ですが再度ご応募ください。
<宛先>
又は
まで。
4.審査
監督、プロデューサーが審査いたします。
5.お問い合せ
担当者直通:090-7722-4953(担当トリカイ)
〒106-0031
東京都港区六本木7-18-6-304
映画「よろこびの槌音」製作委員会
TEL:03-3402-4403(代)
出演者オーディション開催決定!
こんばんは☆
今日は良いお知らせがあります。
ナント!
映画「よろこびの槌音」(仮題)
出演者オーディション開催決定!!!
って、最初にタイトルに書いちゃいましたよね(;^_^A
まだ日程等の詳細は決まっていないのですが、決まり次第こちらに情報をアップいたします。
お楽しみに・・・♪
実を言うと結構急いでおりまして、7月の初めあたりには開催したいなと・・・
思ってマス。
役者を決めて決定稿を近日中に書き上げたいとの脚本家の意向でありマス。
で、募集するのは
◇女工役・・・10代(13~19歳くらい)の女性(数名)
を中心に全年齢層から幅広く募ります。
女工さんは武家の子女等で育ちの良い人たちだったようです。
台詞もそれなりにあるし、“喋れる”方が欲しいと言っていました。
決定稿ですからキャストの欄に名前が入った状態で印刷・製本するのですが、その完成を急ぎたいもので・・・
会場が取れ次第すぐ開催します。
すぐやります!
経験は不問、プロ・アマ問わず。
「映画に出たい!」という情熱のある方の応募をお待ちしています。
奮ってご応募ください。
それでは詳細の発表をお楽しみに・・・♪
企画内容
幕末維新から明治という激しい時代のうねりの中で、国家の明日を憂い、身を賭して駈け抜けていった若者たちが居た。そして、陰になり支えとなって尽くす女性たちが居、志をもって新しい時代へと一歩を踏み出した少女たちがいた。
その象徴的な産物として、富岡製糸場は誕生した。
幕末から明治初期にかけて、我が国の最大の輸出品は、生糸であった。富国強兵を目論む明治新政府は、当然のごとく、生糸による外貨獲得を大きく当て込むのであったが、旧式の方法で生産され、品質管理も十分になされていなかったため、諸外国から安く買い叩かれてしまった。
この事態に、当時大蔵省の租税正の地位にあり、自らも養蚕兼業農家の出身である渋沢栄一は、ヨーロッパと同レベルの工場を建設し、近代的な製糸技術を、国内の生糸の品質を上げることを立案、大蔵少輔・伊藤博文と共に、その実現に向かって走り始めることとなる。
そして、明治3年2月、政府は廟議に於いて官営模範工場の建設を決定、6月には、フランス人技師ポール・ブリューナを雇い入れ、富岡製糸場建設という大プロジェクトをスタートさせることとなった。
この時、渋沢を支えて建設現場で指揮を執ったのは、施工の主任者で初代所長ともなった尾高惇忠であった。惇忠は妻ちよの兄であり、幼き日の渋沢に四書五経や日本外史を教えた、人生の師でもあった。
明治5年10月4日、幾多の困難を乗り越え完成した富岡製糸場は、ついに操業を開始した。しかし、操業は開始したものの、全国各府県から集めることになっていた工女の応募者が極端に少なく、製糸技術の伝習という目的の達成も危ぶまれる事態が発生した。これは当時、西洋人たちの飲む赤ワインを「若い娘の生き血だ」とする風説が流れたためで、フランス人による伝習が気味悪がられたからである。そのため、尾高は13歳になる長女ゆうを第一号として入場させた。それにともない、小松鉄道大臣の妹や、侯爵井上薫の姪鶴子と仲子、長州藩重臣・長井雅楽の長女貞子、徳富蘇峰の姉久布白音羽など、政府高官の子女や士族の娘たちが続々と入所、富岡工女と呼ばれる、高い志と意識を持ったエリート集団が誕生することになる。
この作品は、農家の出身でありながら幕臣となり、やがて日本資本主義の父と呼ばれるようになる渋沢栄一の若き日々と、それを見守り支えて富岡製糸場の建設に尽力、初代所長となった尾高惇忠の苦闘を軸にストーリーを構成、近代国家へ向かう日本の夜明けを支えた人々の姿を、富岡製糸場建設という一大国家プロジェクトの進行に重ね合わせ、ドラマチックに描こうというものであります。
百聞は一見にしかず、ではないが、この作品を見ることで、観客は当時の世界情勢や日本の状況を一目瞭然に理解すると共に、富岡製糸場の歴史的位置付けと、その偉大なる価値に初めて気付くこととなるでしょう。
また、この作品では、渋沢、尾高の二つのファミリーとそこに関わる人々を描くことにより、その時代を生きた女性たちの生き様にも光を当て、より感動的なドラマ作りを目指しています。渋沢の妻ちよは惇忠の妹であり、惇忠の長女ゆうは、深谷より呼び寄せられて、入所第一号工女となりました。また「さてこの度国の為にその方を富岡御製糸場へ遣わすに付ては、能く身を慎み、国の名家の名を落さぬように心を用うるよう、入場後は諸事心を尽して習い、他日この地に製糸場出来の節支えにこれ無きよう覚え候よう、仮初にも業を怠るようのことなすまじく、一心にはげみまするよう気を付くべく」と父親に命じられ、故郷を遠く離れてやって来た士族の娘たちもいました。その女性たちの姿は、現代の女性たちにも、多くの感動と共感を与えられるものと確信致しております。
この企画は、劇映画という手段で、あらためて“富岡製糸場と絹産業遺産群”に、全国の注目を集めさせることにより、世界遺産登録への国民的ムーブメントを喚起せんことを企図し、立案提起するものであります。


