自宅は駅の北側で、どちらかというと馬事公苑の近く。
駅の近くはけっこう下町っぽいところもあって、渋谷にも駅4つで着いたりしてベンリです。
でも駅からちょっと南に向かって商店街を抜けていくと、いきなり強烈なお屋敷まちになったりします。
このへんが世田谷の油断のならないところです。
住所で言うと、R246の手前(駅寄り)が桜新町1丁目、国道を渡ると深沢8丁目になります。
ムカシから社会科ダイスキだったワタクシ。
この街の歴史に興味があって手に取った本がこの本。
郊外住宅地の系譜―東京の田園ユートピア/山口廣、藤森照信ほか

¥3,990
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内容についてはAmazonからコピペします。
大名屋敷の分割から始まった東京の住宅地開発は、大正期に入り郊外に広がっていく。
そして、郊外電車の発展と中産階級の増大によって、独特の郊外文化を形成していった。
それは、洗足や田園調布のように田園都市をうたったもの、桜新町や城南文化村のように当初は別荘地として開発されたもの、成城や国立のように学園町の構想で造られたもの等、様々な表情を見せている。
14の事例は、各々の筆者が現地踏査した成果をまとめたもので、開発当初の敷地図、当時の住宅の平面図や写真、広告、ちらし等、多くの資料を使って視覚的に見せる。
都内には田園調布や成城学園みたいに、高級住宅地として誰でも知ってる街があります。
主にそれは有名人がいっぱい住んでたりすることからメディアに取り上げられて街のイメージが出来上がっていったものですけど、もとはと言えばいずれも分譲住宅地。
この本は明治以降東京で開発されたそんな分譲住宅地の歴史について紹介されています。
ご参考までに取り上げられている地域をご紹介。
1.西片町(本郷)
2.神田三崎町
3.音羽町
4.桜新町
5.蒲田
6.日暮里渡辺町
7.大和郷(巣鴨~駒込)
8.目白文化村
9.洗足田園都市
10.田園調布
11.城南田園住宅組合(練馬区豊島園)
12.大泉・小平・国立
13.成城・玉川学園
14.常磐台
冒頭で紹介した高級住宅地、一般には「深沢」、この本では「桜新町」として紹介されているこの地域の成り立ちについても詳しく説明されています。
そのタイトルにまずびっくり。
「東京の軽井沢・・・桜新町」
これは大正元年に分譲開始されたときのキャッチコピーだったそうです。
ここはあの田園調布や成城なんかよりも10年も前に開発された分譲地だったのです。
日本最古の分譲住宅地なのです。
一般に、世田谷が住宅地となるのは、関東大震災でそれまで下町に住んでいた都民が山の手より西側に避難・移住してからとされています。
桜新町の住宅地はその前に分譲されていたので、まだその時は郊外の住宅地ではなく、山手線内に住む富裕層向けの別荘地として分譲されたことがわかります。
今では他の住宅と渾然一体となってしまってはいますけど、それでも桜の古木がそのエリアを示しています。
住宅地の入り口には、不動産会社や住民が請願して設置された交番や、自治会が作った幼稚園が今でもあります。
ちょうど長谷川町子美術館があるあたりです。
それにもうひとつ、そんなに大きくない桜新町駅前には三井住友銀行桜新町支店があります。
ちょうど深沢の住宅地への入り口にあたるあたりです。
都銀は相次ぐ支店統合で、駅前でもなかなか支店を見ることが少なくなっていますよね。
ワタクシも、
「よく残ってるよなー。」
と思っていました。
それも、今回この本を読んで理解できました。
桜新町の分譲は三井銀行系の会社によって行われたのだそうす。