そもそも結婚するまでお盆という風習さえ知らなかった私。

そりゃそうだ・・・

若かった私(20代)は、

田舎の風習には驚くことばかり。

 

幼い子供を連れて8時間の長旅で着いた夫の実家。

夫は4人兄姉の末っ子。

それぞれ皆子供が2人いるので、

(当初下の子が産まれるまで我が家は1人)

子供だけで7人、

大人は義母を入れて8人、

核家族で育った私にとっては既に圧巻💦

 

古い平屋の家は5Kですが、暑いので開けっ放し

(当時はエアコンなどなし)

ぼっとん🚽トイレ、

網戸のないお風呂場(浴槽は外から蒔を燃やすから熱い)

お風呂場の中に洗濯機、

冷蔵庫の中は、普段から義母が色々と冷凍しているので、

この人数をまかなうスペースもなく冷えない。

雑魚寝。

義母の方言がわからず、言葉の壁。

朝食は初めて食べる茶粥。

義母の漬けた奈良漬け(私は食べられません)のみ。

 

落ち着いてトイレにも入れないから、便秘になるため、

夫とよく図書館(歩いて13分くらい)まで行きました🚽

 

義母は何かとブツブツ義父にいいながら、

動き続けていました。

義父はご近所から頂くお魚を、よく外の水道で、

さばいていました。

 

こんな環境なので、毎年お盆帰省すると、

大体3日目くらいからホームシックにかかります。

 

そんな状態なので、気晴らししたくても足がないと、

どこにも行けません。

コンビニまで車で15分。

カフェなどありませんコーヒー

 

ある年は、どなたか親戚の法要だったかにふるまわれた

地元仕出し屋さんのお弁当が家族の夕食となりました。

「食べろ~」「残すな~」と言われ、当然のように頂きますが、

その晩、家族の6~7人が食中毒になってしまい、(私も含め)

皆で近くの病院にお世話になったこともあります。

 

そしてまたある年は、

急に耳が痛くなり、痛くて痛くてたまらなく、

車で1時間かかる総合病院の耳鼻科を受診し、

子供の時以来の中耳炎にかかったこともあります。

 

2度ほど、車で帰省したこともありますが、

片道1000kmあり、

お盆渋滞にどこかしらでひっかかってしまうので、

往路18時間かかった時があり、

(この年は確か名神で事故があり、東名阪、西名阪を経由したと思います)

さすがの私も運転にブチギレ、

もう私はここで降りるから、

夫と子供でこの先言ってくれ!と叫んだこともあります。

 

夫は帰省すると1Wくらいはいたいので、

その間に友人とあったり、花火大会を楽しみにしたり、

でも私は仕事をそうそう休むこともできず、

ある年車で行った際には、

往路は家族4人、復路は私一人が子供二人を乗せて、

運転して帰ったこともあります。

確か夜中の山陽道→名神→東名を世田谷まで一気に10時間で運転しました。

でもそこから、都内首都高のお盆渋滞にはまり、

自宅まで3時間かかり、体力の限界だった記憶もあります。

 

そんなこんな時を経て、

子供達も行けないお年頃になり、

夫一人が毎年帰省するようになり、

義父母を看取り、

葬儀とその後のお墓参りに行くことで、

私の義務は終わったのです。

 

 

ただの恨みつらみではなく、

今日改めて思ったことは、

次男の嫁として、何を言われることなく接してくださり、

子供や孫達を受け入れてくださった義父母、

時には履かないような下着(ショーツ)などが入った荷物や、

冬になるとみかんを送ってくれたり、

毎年、律儀に帰省する優しい息子(夫)を育ててくれた義両親には、

改めて感謝すると共に、

「もう私は自分を責めなくていいんだ。立派にやってきたんだ。

色々なことがあり辛いこともあったけど、毎年帰省して頑張ったんだ。

もう行かなくていいんだ」と、

最大限に自分を褒めてあげようと思いました。

 

ご縁があって一緒になった夫の故郷は、

今では観光にも力を入れて素敵なお店も増えています。

綺麗な海に囲まれた島、

ありがとう浮き輪