0のつくりかた 0227 | madokaのブログ

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自己紹介とかは、省きます。

私は究極の0になりたいです。
空(くう)になりたいです。

一切の感情が静止する瞬間が好きだから。それはものすごく美しいと想うから。

あれ?
でも美しいってなんだろ
とりあえず今はモデルを目指しています。
私は全く関心がなくて、モデルになりたい!って思ったのも一月くらい?
まず11月にNYで出会ったミランダカーからの本
これはどちらかというと啓発本でしたね。
そこから、同時期くらいに色々な人にモデル勧められて、でも興味なくてね。ふふ。バカミタイって思ってた。モデルなんて。人形じゃない‼

そんなことよりも、
前から健康を害して、精神自己破壊が習慣になっててのをいい加減直したかったんだ。常に食べ続け、常に吐き続け、ベッドから抜け出せない、毎日のマスターベーションと、たまにする激しい性交
二年間くらいは、こんな感じだった。もっとかな?あるいは短いかな?今となってはわからない。

話飛ぶけど、あとで繋がるからちょっと辛抱しててほしいんだけど、一度2012年の始め頃からバックグラウンドを振り返ってみるわね。
大切なパートナーである申に去年五月ころ苫米地博士のことを教えてもらったの。博士のYouTubeとか本とか読んで、凄い考えと知恵を持った人がいるもんだと驚いた。そこから、マインドマップやフォトリーディングなどなど実験的にやってみたんだ。凄い楽しいのよ‼見てない見れない世界を脳で感じるの。そして、私は間違ってなかったと確信したの。(何が?は多分後ほどわかってくれることを望むわ)
ただ、言葉にできなかっただけ。それが、本により確かに結論付けされた。

申からは七つの法則だったりとか、ザシークレットのこととも教えてもらった。申の影響で、啓発関係や宇宙や経営にだんだんと興味を持ったの。
仏教への関心も苫米地博士の本から広まった。
宗教ってなんだろう
?ヒーリングってなんだろう?
テロってなんだろう?
小さい頃、私は死ぬはずだったのに、あることによって死なずに済んだ。(このことは、今度機会があったら書くことにするね)
生まれてこの方、薬やワクチンは使用したことがない。みんなにはアレルギーだからとかいっているけど、実際は違う。使う必要がないからなの。全部治っちゃうから。一日か長くて三日でね。オカルトとか魔法とかじゃなくてね、あることにより治るのよ。説明はできないけど、証明されてないから。ただ、いえることは、私の身体が物語ってるわ。あることによって治っていて、今も救われてることに。
だから小さい頃から、ヒーリングとかに自覚がないくらい常に日常にあったわ。それをきちんと知りたくて、本を読んでいったの。


関心は量子物理学に及び、光と波動に出会ったわ。
「なるほど、私の感覚はやっぱり間違ってなかった。今までの感覚は電波だったんだ!!」
様々な電波を感じれるとき、すべて世界が予め用意されてたことを知れる。
出逢うとき、何かくるとき。良いのか悪いのかがわかる。
それは、科学的にも説明がつくことに‼
例の あることも、なんらかの形で磁場と光の運動によって、体内のホメオパシーが調律されるのでは?と予想を立てた。わかるわけもないが、恐らくそうに違いない。
波動は水にも現れる。人間の身体の80%が水であるから、恐らくは体内の水の情報と体外の波動と光がなんらかの動きをしているはずだ。

要は治癒というのは、ヒーリングというのは、そういった最高にミクロの世界の波をちょちょっと動かしてあげれば可能なのだ。過程にしか過ぎない。けど、科学と思想と哲学は切り離すことではない。そして、その繋がりを形にして誇張なりして表したものが芸術だと思っています。
どうしてもそれらを形にすると、カテゴライズされるから、科学・芸術・思想って区分されてしまうけれど。
だから、私は小さい頃からカテゴライズが大っ嫌いなのよ。無意味なくせして、強制力があるから。

さて、電波ときたら、テレパシーね。
私はテレパシーが使えます。
どういうことか?
誰とは確定できないが、どんな波動わ持った人と出逢うかはわかる。大体いつくらいのスパンで、とかも。
だからね、常にそうやって出逢う人は「初めまして」じゃないのよ。
「ずっと、会いたかったんですよ。」って感覚。

そして、申と出会ってすぐに午に出会ったの。
午は私の人生の先生。色々な社会を教えてもらったわ。
「君はこれから表に出る人だから」
午からメディアコントロールという言葉を教えてもらって、早速図書館へ走ったわ。やっぱり苫米地博士の本があり、貪った。その他にも、沢山の素晴らしい形になり得ないプレゼントを午から受け取ったわ。愛についての考え方も変わっていった。
男女間への考え方も午から影響を受けた。もちろん、申からもだけど。
そのときは年下の男の子とつきあっていて、辛かった記憶がある。年下のその子と別れるときも申と午との出会いのおかげだったと思っている。

わたしね、男の子と付き合うと、私が保護者になっちゃうの。他のことは放っておいても捧げたり、保護しちゃうの。ものすごく私にとって大事なことがあっても、男の子の小さい要求を叶えてあげちゃうの、必死にね。
今おもうと、バカミタイ。それで、どんどん自分で自分の可能性を踏みつぶしてるのがわかるのに、しちゃうの。
あ、ごめんなさい。そうじゃなくて、私がきっとそういう男の子に今まで惚れていて、そういう男の子に惚れられてたのでしょう。
さみしかったのか?
自己の投影に必要だったのか?

午と申との出会いの中で嫉妬とか、執着とか保護とかそんな感覚が、そのときから消え失せた。
そこから、私は五人くらい同時に付き合ってたわ。いや、正確にいうと、年下と付き合ってるときからもうすでに他三人くらいと付き合ってたかも。
(付き合うって呼び方嫌いだから、これからパートナーっていうね。)

それから、音楽め六月頃始めたわ。今はちょっとできてないけど。。
だんだんと、自分の世界を晒すっていうことに慣れてきたんだとおもう。

それから、並行して映像を作っていったの。そして、パフォーマンス。
映像はとても辛かった。作業がしんどいとかじゃなくて、あれは作品でもなくでもない。ただの、私の排出物に過ぎない。デトックスってやつね。

「一つ、デトックスするたびに、軽くなる。一つデトックスするたびに、軽くなる。一つ、デトックスするたびに、軽くなる。」

それは絵、映像、音楽のライブ、パフォーマンス、文字によって行われていった。

九月に、申が仕事関係で私の近くから離れることになった。
月一会ってたかな?申のそばにいると、私は私でいられる。
何故か?
申は自分のことが大事だから。申にとっては私は他者なのだ。れっきとした他者。関心はあるが、突っ込まず、感情はあるが縛られない。
「申は申。
私は私は。」
私は、物事や人に異常に過剰に敏感なの。波動に囚われると、もう服従するしか今までできなかった。それが申の波動に触れると、解除されるの。不思議な人よ。気がついたら、お互いの方みていて、気がついたらお互い別々な方向を向いてるの。ナチュラルなドライな関係。

午はちょっと違くてね。多分年と経験だろうけれど、そして結婚してるからだろうけど、類稀なキャパシティの持ち主だから、私に足りないキャパシティを常に示してくれてる感じ。そして、いつもいつも応援してくれる。心が冷静になれる。そして、午からはストラテジーについて教わったわ。

申が離れてから、パフォーマンスをしに横浜とNYへ。そこで、私は無気力になったのよ。実はね。原因はパフォーマンスとは全く関係なくて、あまりのNYの汚さに吐き気がした。

久しぶりに孤独感が生まれて、電波が消えた。そうなの、私、汚いのに耐えられなくなったの。そして、どうしたら汚さを変えられるかわからなくて、無理だーってなったのよ。

色々と考えが交差したわ。
だって、お金になることも考えなくちゃいけない。
抽象的すぎる考えをわかりやすく形にしないといけない。
自己の発言と自己の想いのアウトプットよりも、他者に働きかけたいと考えが変わったのに..
カテゴライズは嫌い。
でもカテゴライズされないと、信頼もお金も得られない。
尚且つ、ストラテジーが浮かばない。





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