コップに水が入っていて、その水を、水の入った大きな器に移すと、どの部分がさっきのコップの中に入っていた水だったのか、わからなくなります。
私たちをそのコップに入った水だと考えてみてください!
んー、多分みなさんイヤでしょうね(笑)
私はもちろんイヤでした。
だって、その他大勢に混ぜられて、どこが自分かわからなくなるなんて、面白くもなんともないと思っていたからです。
そんなことになったら、自分を自分と感じられなくなるようで、怖いとも感じでいました。
なので、そんなことにならないように、自分の考えが大事、個性的でありたい、他の人とは違うと思いたい感情を持っていたわけです。
でもそれは、コップをどんなものにするのか、躍起になっているのと似ています。
コップの色や形や素材、コップを人と違うものにすること、それが大切だと勘違いしていたのです。
そもそもを忘れていました。
コップがどんなものであれ、中は水。
実際はコップをどうしたって私は水です。
水を光や心や精霊と思ってもいいと思います。
勘違いはもっとありました。
自分の行いや思考によって、つまりコップによって、水が汚れたり、曇ったり、濁るのだと思う勘違いです。
用心していないと、私の水が人のコップで汚されると思う勘違いもあります。
さて、もう一度コップに入った水を思い浮かべてください。
外側のコップと内側にあるものは、まったく関係ない、混じりようのないものですよね。
水だけをみるとき、コップは不要なものです。
実は水がぜんぶ同じなので、
コップはついつい私たちが創ってしまった夢です。
私たちは、どう頑張っても汚れることのない、最後はみんな一緒に合わさるひとつの存在です。
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3月モダナークギャラリーの日程です。
3月22日(木曜)23日(金曜)
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