先日、年上の友人と食事をしてる時にこんな話を聞きました。
友人がむかしキリスト教の教会に通ってる頃、ある男性が教会内で不正を働いたことがわかったそうです。
彼女はそれが同じ教会の人であったことにとても驚き、その男性のことを牧師先生に告げたところ、
牧師先生はこう言いました。
「確かに彼は不正を働きました。それは間違った行いです。けれど、あなたはそれを赦しなさい」
みなさん、マリオゲームの中で歩いてると急にカメが甲羅を投げてくる場面を覚えてるでしょうか?(笑)
私たちは飛んでくる甲羅をよけたり踏んだりしてうまくかわすのですが、
「なんでこのカメは甲羅を投げるのだろう?」とは思いませんよね(笑)
カメに向かってそのワケを聞かせてほしいとは言いません。
ただ、淡々と甲羅をうまくかわすことに専念します。
甲羅がどんな感じで飛んできたとしてもです。
ただただ淡々とかわす。
おそらくそれが「赦す」技術だろうと私は思っています。
とてもシンプルです。
ですが、あらゆる甲羅を淡々とかわすことは容易ではありません。
カメは身勝手な理由で甲羅を投げているように見えます。
カメは自分が甲羅を投げてるとも思わず投げているように見えます。
カメは誰かのために投げるんだと言ったり、これは仕方ないことだと言ったり、お前が憎いと言ったり、特別だよと言って甲羅を投げます。
さぁ、ここで思い出してください!
私たちはカメがどうして甲羅を投げるかなんてワケは知らなくていいのです!
カメの姿ならまだ赦せるのに、その姿は家族だったり、親戚、友人、知人、同僚、上司、先生etcに見えます。
甲羅だったらかわせるのに、言葉や暴力、裏切り、嘘、差別etc
甲羅は様々な形で飛んで来ます。
でも、ここでしっかり思い出して!
それらは本当はカメだし甲羅なんです。
淡々とかわすだけです。
私たちはゲームではうまくかわすことができるのです。
赦すことは可能です。
「神の使者」の中にこんな文章が出てきます。
「誰でも最初はどういうふうに赦すのかわからない。学ぶ必要があるんだ。人は他人を批判したり非難したりするとき、自分の心に何をしているのかわかっていない」
この本に書いてある赦しの考え方は私にとって衝撃的でした(笑)
その学びはまだまだ始まったばかりです。
興味のある方はぜひ時間をかけてでも読んでみてください。
オススメします。
赦すためにと題して続けていましたが、今日はそのラストです。
始めに人がどうして怒ったり、傷付いてしまうのかを書きました。
次に、私なるものに執着しながら無意味な転生輪廻をしている広い二階フロアを出る決意をしましょう!と話しました(笑)
そして今日はカメの甲羅の話でした。
このゲームをなんとか全クリしたい!
囚われの自分をなんとか目覚めさせてあげたいのです。
その思いで淡々と赦す技術を磨きたいと思っています。
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