東の島に向かう空の中で、
品のある「空弁」(お味噌汁も付いてきました)を食べてました。
これは、
たくさんの方が食べるお弁当でしたが、
私が家で作るお弁当は、
一つだけです。
味付け・栄養価・配置等、
全て食べ手(自分も含め)を考えた上での意味があるからです。
大量に作ろうと思えば作れるでしょうが、
私の思う究極のお弁当って、
食べる人に合わせたものなんですよね。
だから私は、
食べる人を知らないと、
自分の思う究極のお弁当は作れないんです。
お弁当に限らず、
料理は全てそうですが、
食べ手のことを考えて作ると、
より楽しく料理ができ、
さらに、
食べる人はもちろん、
料理や素材も喜ぶと思います。
そして、
作り手の気持ちも相手に伝わったら、
幸せですね。
ロディのおかずカップが、
私の癒しにもなってくれますが、
このカップや、料理・お弁当は、
食べたらなくなるものです。
後に残らないからこそ、
その時その時が大事であり、
心に残しておきたくなります。
でも、
こうして写真におさめて、
時折見ると、
忘れてはならない大切なことを思い起こさせてくれます。
もう今年の桜の季節は終わりましたが、
また来年も、
桜が寄り添うたった一つだけのお弁当が作れたらいいなぁって思います。