その昔、中学3年生のころ

 

「お前はとこやの跡継ぎだから商業高校行って簿記おぼえてこい」

 

の言葉ひとつで

 

近くの商業高校に行くことになりました。

 

私個人の希望選択の余地なく、一択。

 

本人もその気だったし何も迷うことなく商業高校へ受験そして入学へ。

 

 

そうか、商売するのに簿記が必要なのか、、その程度の知識しかなく

 

でも、それなりに楽しかったかなと。

 

双子の弟は、普通科高校で国立大学目指してて

 

その横で私は、のんびりした青春を送ってました。

 

その高校は、情報科もあって

 

1年のころは情報の授業もあって

 

Fortran(フォートラン)言語でのプログラミングでした。

 

理容の仕事から見れば、全く必要ないので

 

いらないなぁと思いながらも

 

それも楽しく勉強してました。

 

でも結局それが、今のネット関連がサクサクできることにつながっていたのかと思うと

 

全てが自分にとって必要な時間でした。

 

プログラムって完全に1+1=2の理屈なんです。

 

理容の仕事以後、

 

ホームページビルダーでホームページ作るようになって

 

cgiプログラム使って、アクセスカウンターつけたり

 

掲示板つけたり

 

ゲームコーナー作ってたり、

 

設定があって動かして、

 

今思うと、高校でのプログラムの理屈が役に立ってるようです。

 

おぉぉ、感謝。

 

もちろん、簿記を覚えに行ってたので

 

ある程度使えるようになりました。

 

日商検定も2級取れましたよ。えっへっへ。

 

学校の先生には、1級狙ってみたらと言われたけど

 

いやいや、1級は大学卒業程度と聞いてたし

 

まず無理だし

 

それこそいらないからやらなかったけど、

 

今思うと、チャレンジしてもよかったかな。。

 

理容には、いらんけど。(笑)

 

ほかに高校の思い出としては、部活動と圧倒的に女の子が多い環境でした。

 

ブログストーリーとしてはあまり関係ないので深くは書きませんが

 

青い空と緑の芝生とサッカーボールが私の青春が二重にも三重にも広がったような感じでした。

 

勉強少年がサッカーやるなんてというところですね。

 

やんちゃな先輩にしごかれました。

 

芝生の匂いと土の匂いと汗と仲間と

 

ずっと補欠でしたけど。

 

 

 

また、女の子が多い環境は、

 

とってもいいね。

 

教室がレモンの香水の香りがしてたのが

 

なつかしい思い出です。

 

そして、3年の商業法規の先生の紹介で

 

私の修業先を決めました。

 

たまたま先生の雑談から

 

先生のお兄さんが理容店を経営してて

 

3店舗あってスタッフが20人くらいいると言っててね、

 

これはよいところだろうと、お願いして紹介してもらって

 

即決。

 

これはまさに理容業目指すにおいて運命なのでしょうね。

 

高校でその先生に出会えてなければ、私のこれから行く修業先も

 

無かったわけで。

 

その先生に出会えてなければ

 

父の勧める修業先に行かされてたと思うと

 

あぁ、それまで父の言われる通りの決められた人生からのレールを

 

ちょっとだけ外れ

 

自分で運命を見つけたようなワクワクして気持ちでいたと思う。

 

とっても良い人生歩んでますね。

 

今日はここまで。