8回 2008年10月9日

カウンセリングを重ねる事に苦しくなって来た件について具体的に話し合う

① 今までのカウンセリングから、どんなに辛い状況に感じたり、または誰かに対して
相手がこうしてくれれば、または、こうしないでくれたら、自分はこんなに苦しく無いのに・・・
と思う状況でも、自分の見方が変わる事で、状況も相手も何も変わっていなくても、
物事が全然違って見えて、気持ちが楽になる事を経験し
その度に「自分の見方が変われば状況も変わって見えるでしょう?」と言われ、私もそう感じて来たので
辛いことや悩む事が有り苦しい時に「そう思えても自分の見方さえ変われば状況は違って感じるのだ
全ては私次第。と、また先生に言われるんだろうな」と思うと、
誰のせいにも出来ず、苦しい事は全て自分の責任となってしまうような
追い詰められた気持ちになってしまう

「苦しい事は全て自分の責任」と感じたのは自分で、先生が言ったのは
「自分の見方が変われば状況や相手も違って見える」という事
私が勝手に「結局全ては自分の責任だって言うんでしょう?」と解釈したため
自分で自分を追い詰めていただけ

そして今後はカウンセリング中に「それは結局○○と言う意味?」と思ったら
先生にその場で「それは○○と言う意味ですか?」と確認するようにする事
勝手な解釈だけはしない事。
そして苦しい気持ちや、責められたように感じたり、何か禁止されたように感じても
その場で「それは禁止ですか?」と確認したり、「そう言う風に言われると責められてるように感じます」
と先生に伝える事

今までは先生は何百人もの経験があるカウンセラーなのだから、あまり私から意見をしてはいけない
と言う変な気を使って遠慮していたのだけど
それは私の勘違いで、どんどん意見を言って良いし、言わないと私が勝手にそう思い込んでる事は
先生には伝わらない


これを書きながら感じた事・・・確かに自分の見方次第で状況は全然違って見えるし
相手との関係も変わったように感じたり、それは確かだけれど
なんであれ、辛い状況は辛いし、苦しいものは苦しいですよね(^_^;)
それら全てを「誰の責任か、誰が悪いのか」に結びつける考え方こそ、認知の歪みなのかも?
と感じたのですが、どうでしょうか?
 

② カウンセリングの方式そのものについて

私が今受けているカウンセリングが、ネットで何度か目にして来て読んだ事がある
認知行動療法に近いように感じるのだけれど
これは認知行動療法なのか、また、そうだとしたら他の療法は無いのか

何か問題が起こった時に、過去も未来も持ち出さずに、今のその問題だけに焦点を当てて
どのような考え方をして、行動すれば解決するのか、というやり方が
今の私にはとっても苦しい

先生とのカウンセリングを始めてから、医療のカウンセリングの時にも思い出さなかったような
昔の辛い記憶を思い出したり、昔いつも抱いていたような、
世間や全ての人を恨むような感情や言葉がフツフツと湧き上がって来たりして、
過去も未来も見ないで今だけに焦点を当てても、自分の苦しさは増して行くように感じる
苦しかった過去を吐き出したいし、未来の不安も口に出す事を禁止されると苦しい

もっと心が健全な状態で、例えば部下を指導する為や、自分が成功していく為に
自己啓発的な要素でなら良いのかもしれないけれど
発病まではしてない物の、そこまで前向きで打たれ強くないので
今のやり方はとても苦しく感じる

と、ここまでの沢山の誤解を先生が訂正
まず、カウンセリングの方式は一種の行動療法ではあるが、認知行動療法では無い
どちらにしても、今は変わることより、癒しに重点を置いて行きたいのなら
そのように変えて行きましょうとのこと

>苦しかった過去を吐き出したいし、未来の不安も口に出す事を禁止されると苦しい
過去の話や未来の不安を口にするのを禁止した事は一度も無い
過去の辛かった話しや、未来の不安を先生に聞いてもらうのは何の問題も無いが
今掘り下げる問題と混ぜて考え無い事
そうでないと、子育てについての問題が、自分の子供の頃辛かった話に変わったり
本題がどんどんずれて行って問題解決から遠ざかってしまうから

とにかくカウンセリング中の不安や不快や不満は、その場で先生に伝えること
先生に対して、必要の無い気を使ったりしないほうが良い
今はたまたま宮崎先生がカウンセラーで私が依頼者だけれど
それは役割であって関係は常に対等である事を意識する事

この「関係は対等である」は、何度も先生に言われていながら
「そんな訳に行かないでしょー先生が上でしょう」と思っていたのですが
今回本当に「本当に対等で良いんだ!言いたい事を言っても大丈夫なんだ!」と実感して
とても嬉しい気持ちになりました(^v^)
今後のカウンセリングが本当に純粋に楽しみです

そして宮崎先生に対して、「責められるかも」「見捨てられたらどうしよう」という気持ちが
ほとんど無くなりました。
これ、思い癖なので、一気に全部は無くならないみたですが、この調子で進めば
間もなく完全に心を許して肩の力が抜けきると思います



③ 先日の夫に殴りかかった件について

初めて夫に殴り返されて、夫はおそらくかなり手加減したと思われるのですが、
さすが男性の力、自分の腕の殴られた所が腫れてあざになったのを見て
「暴力はやめないと」とずっと思いながらも、同じことを自分は夫にしていたのだと改めて感じ
自分がどんなに酷い事をしていたのか解り、「もう本当に辞めよう、もう卒業だ」と感じてる自分がいました
過ちを繰り返さないように、このあざが、ずっと消えなければいいのに。とさえ思います

夫に殴り返された時に、一番強く感じた気持ちが「ほっとした」気持ちだった事が
DVの男性と共依存で離れられない女性の心理と一緒なのではないかと思って怖くなったが
宮崎先生に言われた
「こんな事をしてたらダメだ、やめなきゃ」とずっと思いながら止められなかった事が
夫に強く返された事で「とめてもらえた」と感じホッとしたのでは無いのか?と言われ
まさにそのとうりに感じます

これを打っていて、秋葉原の通り魔が「誰かにとめて欲しかった」と言っていたのを
ふと思い出しました。思い出した、ただそれだけですが・・・

暴力に関しては、本当に辞められそうです
でも今後の対策として、次回ぜひ、もし今までのように、夫に許せない程侮辱されたと私が感じて
悔しくて悲しくて怒りに震えるような事があった時
どう対処すればいいのか是非教えて欲しいです
前回夫を殴る数日前に、冷蔵庫を殴って自分の手にあざが出来てしまったので(もう消えました)
怒りでぶちまける以外に、悔しさを解消する方法ってあるのでしょうか?
今の自分には起こるか泣くかしか選択がないので
是非聞いてみたいです