【赤松良子先生を偲ぶ会】


昨日の5月15日に、

2月6日に94才でお亡くなりになった、

赤松良子先生を偲ぶ会があり、

献花に伺ってきました。



赤松良子先生は、

男女雇用均等法の成立に奮闘した女性官僚のパイオニアで、

元文部大臣であり、

お亡くなりになるまで日本ユニセフ協会会長をされていました。


わたしなどお話するのも恐れ多い存在なのですが、

一年半程前、

先生の生涯の最後の最後に、

ご縁をいただきました。


先生とお話させていただいた豊かな時間は、

宝物です。


献花で、

かっこいい先生のお写真と目を合わせながら、

感謝の思いでいっぱいになりました。


このご縁は、

私が里親などさせていただいていた、

ネパールの「日本ネパール女性教育教会」のパーティーでピアノを弾いた時、

山下泰子先生の引き合わせでお会いしたのが最初でした。


後日、

赤松先生のご自宅の近くに山下先生と一緒にお伺いして、

たくさんのお話を聞かせていただきました。


先生は終始いたずらっぽい笑みを浮かべて、

お好きなオペラの歌を口ずさみながら、

パリで遊んだこと、

世界中の美術館のこと、

おてんばだったこと、

など夢中でお話されていました。


才女であるだけでなく、

可愛らしく、

おしゃれで、

芸術を愛し、

遊び心を忘れず、

自由で豪快なおてんば娘が、

世界を変えていく。


なんて素敵な人生だろう。


世界を舞台に活躍した「男女雇用均等法の母」の強さとは、

柔らかさであり、

おおらかさだと思いました。


印象的だったのは、

ニューヨークの国連会議で意気投合した親友、

同じ国連公使であったイタリア人女性のコルティさんとの、

たくさんの楽しいエピソードでした。


実は、

先生とコルティさんとの友情の証のあるものを、

先生から受け継いで、

お預かりしています。


赤松先生、

もし天国でコルティさんにお会いしたら、

よろしくお伝え下さいね。


100才まで現役で行くと豪語されていた先生の、

幻の95才のお誕生日である8月24日に開かれる思い出の会で、

ピアノを弾かせていただくことになっています。


どこかで聴いてくださいね。