ここまで辿りついてくれた大好きなあなたへ
私の家庭環境は複雑です
人それぞれ家庭問題ってあるかもしれませんが、少なくとも私の周りの友達の家族を見て
とても羨ましいくらいの、仲の良さや私にご飯を食べさせてくれる友達のお母さんお父さんの
優しさに感動を覚えていました
ただ自分の家族とは何かが違っていて、どこかがおかしいと感じていました
両親は常々喧嘩があり、暴力的で壊滅的だったと言えますしそんな家族から私は
早く離れたいと思っていました
私が高校卒業あたりに両親は離婚をし、私と妹は母と一緒に暮らし始めることにして
父はそれから疎遠状態になっていました
離婚の原因はたくさんあります
みなさんが想像するようなことで大丈夫です
その数年後、父は別の人と再婚して去年あった時にはすでに離婚して、
また別の人と付き合っているようです
まぁまぁ良い車に乗り換えてる様子を見て、ああ、この人は楽しんでるんだなと感じました
母は母でいろいろありましたがここでは割愛することにいたします
もともと4人家族でコミュニケーションをとってこなかった私たちでしたので、
お互いに干渉することもなく、歩み寄ることもなくみなそれぞれ自由に生きていました
妹は父に似ていて、たとえ家族間であっても借りたお金は返せるように誠意を見せることが重要だと
言っていました
私も必ず返さなきゃという思いはあったのですが、予定が狂ったところで
今行き止まり状態です
なぜ、予定が狂ったのかというと、
生前おばあちゃんから直接こう言われてたことがあります
この家を売ったらそのお金はあんたたち孫である私たちに渡したいということでした
そのお金で借りたお金を返すつもりだった私なのですが、父はとんでもないことを言ってきました
売ったお金はお前たちに残してあげようと思っている
でもそれはおじさんと折半した残りの遺産として相続させるのであっておばあちゃんの遺言ではない
相続人はお父さんたちにあるから娘であるお前たちは関係ない
と言い張っていました
正直この手のことに関してはあまりわからないのですが、それなら別にいいと思っています
それでも何かが腑に落ちずずっとモヤモヤした状態になっている私です
おばあちゃんの言ったあの言葉ははっきり私にだけ届いていて、
それがまるでなかったようで
「お前のやっていることはいかに信用するに値しないか友人に聞いてみろ」
「事情は分かったとしてせめて連絡するのが常識だと思うけど」
って親子関係ながら常識の中で行動しろ言われるしうちって本当の親子の姿なんでしょうか
家族のこうあるべき姿ってよく分かってなくて、これが常識、これが非常識っていうのも
社会ルールには存在するけれど、家族にも本当にそれが必要なんでしょうか?
少なくもともおじいちゃんおばあちゃんはそんなこと言わなかった
私のこと愛してくれた
でも父に関しては愛情のかけらも感じず、ただ己の好きなように生きていて
非常識なのは父のように感じてしまいます
そうなんです、愛情が全くないんですよ
母は別物だとして、私が辛かった時は励ましてくれて感動したのを覚えていて
それが愛情という本物の家族のように思えてなりません
どちらが本物の家族なんでしょうか?
もうわかりません
誰か教えてください
あとで父の言った通り私が常識のない人間なのか友人に聞いてみようと思っています
最近闇が多いな
いつもありがとう
ここまで辿りついてくれた大好きなあなたへ
あれだけオリンピックの開催中止について国内や国外から非難されていたにもかかわらず、
いざ始まってみればその声もなくなり応援する人は多数いらっしゃるのでしょう
私もオリンピック見ています
今回は特別なものなので、特にスポーツには関わりのなかった私ですが
気がつくと見入ってしまっているし、それに感動します
この日のためにどれだけの選手が待ち望んでいて、
力を発揮したいと願っていたのでしょうか?
スポーツマン精神力ってすごいです
7月が今日で終わりです
明日から8月になり緊急事態宣言にせざるを得なかったのでしょう
仕方のないことですよね
必要である外出は避けられず人の流れを防ぐようにするために、
あらゆる人が手を尽くしてもほんの一部にしかすぎず、努力している人がいても
していない人がいればそれも報われない結果になってしまいがちです
ワクチン接種をして、元通りのマスクのない生活に戻れるよう工夫すること
その未来は近いかもしれないし、遥か先の未来なのかもしれないし
それとももう二度とやってこないのかもしれません
これだけの感染率が上がる原因については誰もが気づいていて
それを防ぐことための行動を恐れている様にも思えてきて
もちろん経済を繋げなければ機能しなくなるのは明らかで、
妨害するつもりはないのですが
分散させるしかないよね
東京都いう中心を目指して働く人たちの多くは、経済力つけるためで
経営する人たち、表向きでは違う発言をしていてもやはり結果につなげたいという
精神から人の欲望は皆等しくできているのかもしれません
単純に考えて見返りを求める人が多く
中心という東京には相当莫大なお金が動くものでそれを知って
皆が中心に集まってくる
だけど人に左右されず自分らしくあるために、自分が動かす側で誰かに動かされていることを
拒んでお金儲けをしようと試みる人たちは、この状況になって剥き出しな感情が露わになっている
たくさんお金を支払ってくれる人がそこにいれば、みなそこに行き着くわけになる
それに気づいた人は少なくとも東京から離れていくのでしょう
私はきっとビジネスマンにはなれなくて、そうした考えのもとで経営するのは
自分らしくないと考えてしまう
純粋な気持ちで何かをやりたいと思うんだったら別に東京を選ばなくても
いいんだよ
ある1人の人が正真正銘何かをしたいだけの気持ちだったとして、
それだけで人流を防ぐことは絶対に不可能で
位置について、
よーい
スタート!
という感じでみんなが一斉に動くんだったら別だけどね
でも誰もしないね
誰もしないんだったら、大きくて強力な力がそれをすれば少しは変わるんじゃないかな
もうそれしか方法がない
と考えている
私がどんな時にネガティブになるかご存知でしょうか?
ずっとモヤモヤざわざわしている気持ちは誰かからの発言によって
ネガティブになる可能性大
人との関わりが悪いものじゃないし良いものでもないと思っていて
選んでいく必要ある
この人とはなんとなく合わないな、
なんとなくどころか私のディッピングポイントを超えたら抑えられなくなる衝動で
怒ったりもする
人間感情ありきで動いていて
最近ではそういうことがあったんだよ
英語の勉強がしたくてあるところに加入してレッスン受けていた
通常コースで、英会話に関しても回数が決められていて
それ以上のレッスンを受講したいならお金を支払って、受講できるようになっている制度
英会話の授業のコメントや向上するべき点、良かった点などをくれるんだけど
そこで書いてあった内容で
私の授業を受けたいならメールくださいとメッセージがあり、
それでメールを送ってみたら20分か40分どちらにしたいですか?
という質問内容ですぐに変だなと思ったよ
通常のコースは20分しかないのに、40分は割増料金でしか受けれないはずだった
40分は20分よりも長いしそれだけ勉強になるのかもしれず、
よかれと思ってそう提案してきた可能性だってあるかもしれないけど、
その心理は不明瞭
誰も人の心理なんてわからないし奥深いところに存在していることは確か
それずっと考えてたらだんだん怒りに変わってな
あらゆる可能性考えてみる
この人はもしかしたら自分の賃金を上乗せしたと思っていて
それをするには学生の確保が必要で、アプローチしてきたのかもしれない
アプローチしてうまくいけば、彼らの手によってまんまとハメられる
その裏側は運営する側しか知らず、もちろん私の知ったこっちゃない
あなたのことちゃんと思って言ってますよという表向きのサインでも
ポケットマネーが欲しいからそんなことを言ってきたんじゃないか
それはなんかおかしい、なんか変
自分の直感や心に従っていつも変だなと思うことは我慢せず言ってきたから
どういうことなんでしょうか?
最近やっと英語が楽しいなと思えるようになってきたのに、
人の気持ち踏み躙られて、正直そういうことされると人と話すの面倒になります
本当にここの環境をよくしたいと思うんならもっと規制を強化するべきです
でないと純粋に学びたいと思う人がまた犠牲者になります
私のような被害者を出さないためにも工夫してください
ってカスタマーセンターにぶち込んでやった
本当にブチギレちゃったわ久しぶりに
そしてここでも言うっていうお仕置き
日本人が優しくて何も言わんからって何もできへん思うなよ
なめんじゃねーっつって
こういうことって普通なんでしょうか?
営業的なやつで言いくるめられるのはビジネスが絡んでいて
会社を守るためだかなんだか知らないけどそれによって荒んでいく人もいると思う
本当に品位にかけてちょーダサい
以上
ここまで辿りついてくれた大好きなあなたへ
あの頃の様子を思い出してみた
あれは私が28の時だった
どうしてもハワイに行きたくてお金を貯めるため
週5勤務で派遣の仕事をし、土日は洋服倉庫でのアルバイトしていたとき
モデルさんのアシスタントを初めて任された
モデルさんは時間になったら到着をし、ヘアメイクを整え颯爽と何枚もの洋服を
着こなしポーズをとっていく
ヨーロッパの出身なのだろうと勝手に判断しながらやはり向こうの方のお顔立ちというのに
見惚れるほど美しいその容姿やスタイルは羨ましい
彼女は日本語は話せなかったが、何かシンパシーを感じるものがあり
私はそのモデルさんの着替え終えた洋服を戻して新しい洋服の着替えを渡すといった
単純な仕事を任された
だが、時間は長くずっと立っているのも疲れるだろうし
時には機嫌を損ねて怒り出してくる人もいた
でもその方だけはどこか聡明な感じで私に一つ一つ丁寧に「Thankyou」と言ってくれるのだ
ただのアシスタントであるのに対し、そのような対応をされているのがなんとも嬉しくて
すごく鮮明に覚えている
彼女は本当に素敵なパフォーマンスでカメラの前に立っているだ
素敵な記憶があり、その方がどんな人物かに興味を持っていたのだが英語が喋れない私は
何も言うことができなかった
そうして撮影は着々と終え帰っていった
英語が喋れない日本人にとってはとても不利であり、たくさんの方とコミュニケーションを
とってみたいと思った私はその頃から英語の勉強をすることを決心し、派遣会社で開催されている
英語レッスンがあったのでその教室に通うことにしたのだ
その時に出会った先生からの助言で、英語はすごく単純なもので何回も繰り返しして失敗することで
覚えていくようになるのだそうだ(人は失敗をしないと覚えないから)
特に日本語は平坦で強弱のつけない言語だけど、英語は発する言葉と発しない言葉があるように強弱をつけて使う言葉である
大阪弁の強弱もそれと似ていて海外の音楽がカッコよく聞こえてくるのはそのためだそう
「ともみ歌ってごらん、マネをして何度も挑戦して」
「本当は英語が得意なはずだよ」と言う言葉をいただいた
彼女はイギリス英語を喋っていたが、とにかく聞きやすくて日本人にとってはありがたいことだった
耳に残りやすいし、日本人が喋る英語もイギリス英語に似ている
少しでも苦手意識があると、後ろのめりになってしまい喋ることを忘れてしまうそうだが
楽しい気持ちでいることは大事で吸収力が違うことだ
ハワイなら英語と日本語が通じる島国だし、体に慣れさせるのは一番いい場所で1人で行っても問題ないかなと思って計画していた
だが急遽事情が変わって派遣を退職することになり、無制限の休暇だったためにせっかくだからヨーロッパへ行こう、行くなら行きたかった場所がいいな、それならマルタだな
と出発から残り1ヶ月切っていたが、怒涛の計画でなんとか手配ができたのだ
急に物事が終了してしまった時には、絶望で何より日本から遠ざかることを最優先にさせた
その3ヶ月後にイタリアの南半島に位置する地中海マルタ島へ留学に行くと決める
3ヶ月で何を習ったわけでもないカタコトの英語でローマ経由で行くのだが、イタリアは英語を
喋らなない区域でイタリア語だ
そこまでの考えがなかった私で、イタリア語は喋れなかったし1人で焦ってヒヤヒヤものだった
お金を騙されそうになり強く私は「NO!」という
それしか言えないけれどなんとか自力でホテルに着くことができたのだ
そこでやっと着いて4日間ローマに滞在して、再びローマのフィウミチーノ空港へ言ってマルタ島へ
ローマで滞在した理由は、日本からマルタへの直通便がなく一回ローマで降りなければならなかった
ヨーロッパに行くにはフライト代が結構するもので、なかなか行けない場所だ
遠い日本から遥々行くのだし、せっかくの機会に観光していこう、ということでそこで滞在することにする
私の夢の一つでもある世界各国に存在する世界遺産をこの目で見てみたい願望があったので、
電車に乗っては遺産巡りに集中した
もちろん日本人などどこにもいないし
彫りの深い人たちに囲まれた私ポツンと言う具合に少し寂しい気持ちがあった
日本人がいないだけでこんなにも心細くなったのは初めてだったし
未知な世界に宇宙人がやってきた感覚だった
ホテルに滞在している時、とても親切にしてくれたホテルマンがお水をいただいたにも関わらず
「料金は支払わなくてもいい」、とお優しい言葉をかけてくれた
人柄の良さはどこに行っても存在していて、人の温かみが緊張感をほぐしてくれた
なんとも愉快で楽しい一人旅だったけど、マルタ島では日本人留学生がゴロゴロいて
助けてもらったのもありがたいが、日本人がいるとどうしても日本人同士の会話で留まってしまい
英語の勉強はとても上達したとは言えず、観光してそのままローマにまた戻って日本の成田空港に
到着する
とまぁ留学するとなれば一大決心だが、中身はあまり学びになったとは言えず、
その時に出会った人に言われた一言が
「英語を勉強するのは日本でもできる、ここでするのは観光の方」と日本人観光客が言う
見渡す限りの青い空と海と古き良き外壁がこんにちはをしてくれているのだから、
勉強する時間がもったいないというものだった
マンツーマンではなく先生が1人いて、そこに少人数制で構成されている日本人たちとブラジルの子達が生徒でおり、レベルによっても教室が違うものとなっていた
海外の子達に圧倒されるほど、ものすごい勢いで喋り出すから日本人が話す隙など
与えてくれないし、そうした中でもやはり日本人の勢いの弱さを感じてしまい、
私はなんのためにここへきたんだろうと考えた
結局何も身にならないまま2週間が過ぎて、最後の日手配していたドライバーの車で空港へと向かう
そのドライバーのおじさまが話してくれたことを今でも覚えている
「見ろ、この車、日本のマツダという車種なんだ、ハンドルが右だろ?」
私はなんの疑問もなくその車に乗せてもらったのだが、そういえばそうだという感じで
思い出した
なんでもマルタ島へ留学にくる日本人は多くて、夏のバカンスになればヨーロッパから留学してくる子も多いのだそうだ
しかし、なんとも素敵で車は清潔に保たれて少し上品な方だった
そこで流れていた音楽も私の好みで、この人とはきっと気が合うだろうと勝手に思っていた
「英語を話したければもっと喋って喋って喋って喋るんだ!これから帰るかもしれないけど
またマルタへ戻ってこい、そしたら私の家で練習すればいい」
とお優しい言葉をかけてくれた
心に染みる言葉だったし、感動したのを覚えている
ああ、この人は絶対にいい人だと
それからさよならを告げて空港へ向かった私だった
マルタの人はみんながみんなそうというわけではなかったけれど、フレンドリーで愛想がよく
気さくになんでも話してくれる
スーパーで並んでいる時も話しかけられたのは、日本では想像できない光景だろう
マルタからローマに着き、関税を通り抜ける時ものすごい人の数が並んでいることを想定せずに
行ったもんだからかなり出発時間がギリギリになって走った記憶がある
パスポートを提示しているときには、おじさまが食事をしながらこちらをチェックしている
「隣の男と一緒に来たのか?」
その問い対して私が「いいえ、私1人で来ました」と答えたら、
「君はいい旅をしたね」と言うのだ
そんな言葉を掛けられることってあるのかわからないのだが、勉強して身にならなかったけれども
本当に旅をしてよかったと心から思えた瞬間だった
旅をすることの本当の意味がわかった気がした
そうしてルンルンで日本へ帰るのだ
成田空港へ到着するとでかでかと迎えてくれる「おかえりなさい」と言う言葉の横断幕に
やっと一安心して日本に着けた安堵か一気に疲れてしまった
みんなが体験しているかわからないのだが、2週間以上日本を離れて暮らしていると当然日本語から
離れた言語をずっと耳で聞いているからか、日本に帰ってきてもしばらく日本人が話している言葉が
日本語だと認識できなくなっていた
「あれ?今あの人英語喋ってる?」という錯覚が起こり、日本語に聞こえないのである
それが不思議すぎて、奇妙だった
となると、外国語ベースで耳していることがやがて主流になって英語が喋れるように
なるのでは?と思えたし英語脳を持つとはこういうことなのだろう
それに英語でコミュニケーションを取らない日本人にとっては不慣れなもので、ベースになっていない現状英語を話すことができるようになるのは、まず難しいと言える
今まで疎かにしていた部分が浮き彫りになり、日本語で生活していくのは極めて難しいと言えるだろうし喋る努力を設けることは、一つの手段であり目的ではない
私は過去に英語が喋れないがために海外圏の方とコミュニケーション取れなかった苦い記憶があり
そうしたツールを学びたいと思った一つのきっかけだった
確かにお金がなくても学ぼうと思えば学べるし、やる気次第でなんとでもなる
そうして時は2021年となり、英語の必要性がまたここでも出てきているのは経済的な懸念からなのだろう
私にとっても自分にいつも厳しいわけではなく、少し英語から遠ざかっていたのも事実であるから
再度英語を意識してみようと試みる
日本で充実した英会話というものが存在しているのは、こうした懸念によるものからあり
いずれ関わっていくことが最大の鍵になっていくに違いないと改めて今思うのだ
私自身が目標にしているのは、今日本語を話しているか英語を話しているかその境目がわからないぐらい勝手に言葉が出てくるようにしたいし、早くコミュニケーションを確立させることは自分のやりたいことの幅がもっと広がるだろうと思っている
そうしなければならないと思ったし、日本に頼ることは恐らくもう不可能なんだろうと危機感を
感じる
だから自分にはもっと力が必要で、私も努力は必要だし誰かにとっても努力は必要だ
力がなければ自分で自分の身を滅ぼしかねないからだ
またいつかこの問題が解決したときには、マルタへ遊びに行こうと思っている
世界と繋がることを未だに諦めてはいない
いつもありがとう
ここまで辿りついてくれた大好きなあなたへ
待ち望んでいた竜とそばかすの姫を観ることができました
初めて行く映画館の椅子の居心地の良さがプラスされてすごくいい気分で
見ることができました
きっとあの椅子はイタリア製だろう、と
フカフカでお尻に優しく長時間座っていても疲れない!
それに感動し、見始め序盤からウルっとくるシーンもあり、
想像以上にいいもの見させてもらいましたよ
子供ちゃんに見せるのはいいかもね
今の現代に何か訴えかけているアニメ作品すごく多くて、
それは前からかもしれないし、見るもの全てがそう感じさせるのは
数年前何も感じていなかったことが、今改めて見ると違う方向から物事が
見えてきて、それはやはり自分の成長や経験が増えたからなんだろうと思います
CGのリアリティさが表情豊かに再現されているところと、
物語の主旨が伝わってきます
声優さんもすごくよかったよー!!
サマーウォーズの仮想世界ozも好きだったんだけど、圧倒的にスケールの大きさが違って見えたのは
やっぱり音楽が物語っている
本当に素敵な歌声で心震えて感動する
終始涙涙でした
あれから頭の中ずーっとUが流れてるんやけどどうしてくれる?
ネット社会からもう切り離せない現代社会において、個人個人が誰でも簡単に
主張できるようになったもんだけど、顔が見えないからってなんでも言っていいことには
ならないし、他の人が成功している姿みて嫉妬して自分の欲望のままに
言い続けている人見てるとつい悲しくなるな
それがたとえ本心であってどこにも投げることができない(言うことができない)
ことを誰かタッゲートにぶつけるのはさぞ気持ちいんだろう
きっとその人も浄化できることができず苦しんでいる被害意識を持っているのかもしれない
人はあれこれ頭で物事考えがちだけど(私も)
結局映画を見て得したなって思えたことは、結局シンプルでいいってことで
自分がどうしたいかにかかってくる
誰かにどう思われたらとか、迷惑かかるんじゃないかとか
人を優先しすぎるくせもうやめることにする
それで自分を失うくらいなら
すぐには無理だと思うけど徐々にね
私は早くインターネットと今いる自分を切り離して操作するんじゃなくて
ネットの中で動けるようになりたい
自分のアバター作って言語は瞬時に翻訳されて、
そうなったら今やってる英語勉強無駄になっちゃうけど
まぁそうなったらそうなったでいっか
ゆるい感じで
URAARAもね、すごく懐かし曲ばかりで
でも私の知ってる曲の1999年〜2007年は覚えてるけど
それ以降の嵐の曲ほとんど知らなかったみたいや
時代を感じるよね、少年隊みたいな曲もあったし
さまざまで面白くて切なくて儚くて散ってしまいそうで
小さな蕾を大事に大事に育ててきたものってなかったことにはしたくないよね
努力の結晶みたいなもの
1年前の5月くらいから嵐を再び視始める様になって、
やっぱりなんか血がざわつくというか気のせいだと思っていたことを
ここで言うことにする
なんてことはないんだけど、
「untitled」を観ていていつの瞬間だったか忘れちゃったんだけど
MJ見てたら泣けてきた
すごくまっすぐな姿が目に焼き付いてしまってぐっと込み上げてくるものがあって
それからあの赤と黒の衣装も忘れられない
忘れられない忘れられない忘れられない人 byエヴァ
それからクリスマスのMステだったかな?
(ハイペースで番組でまくってたから覚えてない)
あの曲のセレクション
順番もきっとMJが選択したものだね
その選択に意味はあったんだろうと思っていて
一つのストーリーにも思えて
トキメキです
いつもだよ
いつも松潤の思いが入ってきて心が揺れるのを感じる
その揺れの正体って一体なんだろう
この間からも配信スタートしている音楽ずっと聞き続けてもやっぱり入ってくる
本当のあなたは繊細で真面目なところ知ってるよ
1人よがりじゃないく嵐というグループ背負ってるもんだから
その境界はあるし本物のあなたはどこか違うところにある
繊細すぎて考えすぎるところたくさんあるかもしれないけど、
考えすぎないで、って言っても無理だと思うけどね
私はここ2年、体と心を鍛えてバランスを取り始めてから
感覚ばかり研ぎ澄まされて人から敏感に感じる何かがあるよ
ここまでの共鳴なのは、やっぱり無視しちゃいけない
無視することなんて絶対にないけど、きっと繋がってると勝手に私が思い込んでるよ
ねぇあなたはどうかな?
もうずっとずーっと昔からMJのこと素敵な人だと思ってた
信じる?信じない?
いつもありがとう