私の母もそうでした。幼い時期に病気で亡くなった娘の仏壇に毎日の食事とお菓子を欠かさず供え手を合わせ、母が亡くなる寸前まで娘の名前を呼び成長した姿を見たと話す。見たことのない姉だが母の自責の想いが全てのように今も思える。
天童の御両親にとっても子供との突然の別れは自責の想いに押しつぶされそうだと思えてなりません。
時折、遺族にも気付かなかった責任があるとの話をする人がいますが....
それは責任ではない。
むしろ親子関係が悪くない証だと思う。
関係が悪くないから気付かない
そう解釈するべきで
居心地の悪い関係があったら子供の反抗の延長線上に吐き捨てるような言動が出て学校でのいざこざまで親に当たり散らすのではないでしょうか
だから気付かないのは責任ではない。
しいて責任と言えば
大人として親として学校と担任を信用し過ぎた所でしょう