Moneyに代わる価値基準はないのだろうか? [後篇] | 是徒然也

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我々は日常から「お金」を使うことに慣れている。

馴らされているという表現の方が正しいとも考えられる。

 

前回のブログ記事では「お金」の成り立ちについて綴ってみた。
[前回のブログ記事]

Moneyに代わる価値基準はないのだろうか? [前篇]

そして今回は、
「お金(Money)」に代わる価値基準(信用尺度)について
銀行という第三者が流通させ、我々が「お金」「Money」と呼ぶ
通貨とは異なるシステムを私なりに考えて綴ってみようと想う。
 

「お金」とは目に見えない価値を可視化するための単なる道具だ。

「お金(Money)」が持つ機能や性質を理解できていなければ、
なぜ「お金(Money)」に代わる価値基準(信用尺度)が必要なのか
という疑問で脳が支配されるため、前篇を読んでおいて欲しい。

 

さて、現代の通貨において我々が日頃から目にしている問題点を
振り返りながら、それをひとつずつ以下に挙げてみたい。

  1. 「お金」は銀行(第三者)の利益のために発行される。
  2. 「お金」には期限がなく蓄財されることで流通が滞る。
  3. 「お金」の価値尺度が国家間で変動する。

これらはすでに様々な諸問題を生み出している。
 

最初の問題点は、
「お金」で「お金」を増やすというタブーを利用した銀行業という名の
詐欺商法そのものだ。
これは数多ある問題点の根本原因と表現できるほどの害悪であり、
通貨の信用そのものを毀損させる行為そのものだ。
 

2番目の問題点は、
「お金」が取引で消滅するまでの行使期限がなく、
「お金」が世間で使われている限り保有することができることだ。
これは特に通貨の流通面で最大の害悪となる停滞をもたらす。
経済を人間の生体機能に例えると「お金」は血液で流通は動脈だ。
すなわち動脈が滞ることを意味し、その先には「死」が待ち受ける。

 

そして最後の問題点は、
国家間で「お金」の価値基準が異なるということ。
同じものなら同じ価値であるはずの尺度が国毎に違うということは
論理的にあり得ないことなのだ。
それを利用して価値差分(利ざや)を獲得するという為替の存在も
国家間の争いを引き起こす原因にはなっても平和には結びつかない。

 

これらの問題が「お金」を手段ではなく目的化させる主な要因だ。
見方を変えればこれらを解決すればよいだけのことなのだ。
では、こうした問題を解決するにはどうしたらいいのか?

 

単純に各問題へのアンチテーゼを挙げてみると次のようになる。

  1. 銀行のように営利目的の第三者ではない
  2. 発行される瞬間から有効期限が設けられる
  3. 各国共通の価値を定義した世界通貨

これはほぼ理想的な要件だろう。
そして少なくとも3番目については相当にハードルが高い。
ただ、いきなり大上段に構える必要もないので、
1番目と2番目を変えれば自国内の問題は解決する。

 

グローバル社会という作られた幻想がやってくるまでは、
それぞれの国においてそこに住む人々が自分たちの生活を
基準にしてルールを作ってきたのだし、
そうして各国が発展したからこそ、グローバル社会の基盤を
一部の強欲者たちが利己的利益を追求するために利用する
ことができるようになってしまったのだ。

 

しかし、それを変えることができないという意味ではない。

現にグローバル経済で負け組となった地域において行われた
地域限定通貨などは短い期間であってもよい結果を出せている。

地域通貨の成功事例「ヴェルグルの奇跡」を例にとって説明した
記事へのリンクを以下に掲載する。

 

[肯定論側の参照記事]
社会問題に立ち向かう!飛騨高山の「さるぼぼコイン」が目指すデジタル地域通貨の未来。Chapter.1

 

しかし一方で、財政破綻論者はこれをやり玉に挙げることを
忘れてはいない。現代のマイナス金利に通じるという無理やりな
レッテル張りで貶めようとする記事のリンクも以下に掲載しておく。

[否定論側の参照記事]
マイナス金利という「壮大な社会実験」の末路…バブル崩壊という最悪のシナリオ

 

財政破綻論者は新しい挑戦機会の芽を潰すことに躍起になる。
理由は簡単で、現状維持が自分たち(財務省や世界銀行)には
都合のいいシステムだからだ。
 

だからこそ外国の投資家や企業ではなく、国内の銀行が買い取る
ことで円を市中投入している現状を無視するような国債暴落論と
今はデフレの最中だというのにハイパーインフレを声高に叫んでは
国民・市民の挑戦に対する不安感・不信感を煽ろうとする。
 

これらは分断を起こそうとする人間特有の行動機構だ。
我々の選択機会を失わせ、自らの保身に走る人間たちの姿だ。

 

しかし私は地方通貨が理想的な通貨の姿ということをが
言いたいわけではなく、

あくまで現状よりはマシなシステムではないか?と言いたいのだ。

 
そしてモノを買うという行為ひとつを例にしてみても、
個々人の想い入れや必要と感じる度合いで価値が変動する。
中古市場では需要と供給のバランスによって価値が決められ
場合によっては新品よりも高い価値を付けられることがある。
 
だからこそ取引において重要なのは価値基準の儲け方を
以下のようなルールが必要となる。
  • 売り手側の都合(生活及び生産を支える収益)を下限とするべき。
  • 買い手側の都合(欲望を付加した費用)にも上限を設けるべき。

実はこんなことは一般常識だと考えられるだろう。
しかしそうした空気のような感覚に頼るからこそ、
ずる賢く悪い輩に簡単に抜け道を与え、大半の正直者がバカを見る。
そして皆が疑心暗鬼になり、市場は縮小していく。
 

私自身が考える通貨のイメージは次のようなものだ。
ちなみに以下で謳う通貨とはポイントのようなデジタル情報を指す。
実現方法までは拘っていないが現代的なICカードで事足りるだろう。

  • ベーシックインカム+歩合制で個人に政府が通貨を毎月で支給する。
  • 通貨は月替わりで利用可能期間を終了して価値を消失する。
  • ローンは政府が手形を振り出すことでベーシックインカムから減損する。
  • 多額の通貨が必要な事業などは希望者で作るファンドを募って集める。

こうすることで通貨によって不必要に蓄財する必要性はなくなるし、
透明性を担保した通貨の運用が行なえると個人的には考えられる。

 

以上が後篇の内容だ。

前篇と後篇を読んでくれた方には是非これを機会に、
我々にとって「お金」は道具であり、目的化は虚しいだけということが、
少しでも伝われば幸いに想う次第。

 

そして本当に現代の「お金」の呪縛が解ければ、
恐らくは人類の文化や文明はもっと飛躍的に進化が可能だということにも
気付いてもらえれば幸いだ。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

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