僕が反対を押してドイツにきた理由はいろいろある。
一つは研究が好きだと言うこと。知りたいこと、やりたいことがたくさんあるのに時間が無い。それが「趣味でお金も稼げない夢のようなもの」というなら仕方がないのかもしれないが、実際、これまではそれで飯を食ってきた。もっと研究に打ち込みたい。自分のアイディアを確かめたい。これが一番の理由だ。
2つ目は、臨床をやるよりも自分の時間を大切にしたいと思っていたこと。研究の仕事は、自分の時間を削ってもやりたいのだが、臨床は”仕事”として接するが、仕事が終わればさっさと帰りたいのだ。手術が嫌いなわけではない。むしろ好きだから外科に入ったし、小児外科から大人の外科、しかも手術が出来る呼吸器外科に移った。そして、ちょっと語弊があるかもしれないが、手術はすごく楽しい。手術中はテンションも上がるし、いつまでもやっていたい(実際は4,5時間ぐらいで集中力が限界になってしまうが)。でも、自分の時間、とくに友達と語らう時間や読書の時間を削ってまでしたいわけではない。僕の優先順位は「研究≒自由時間>臨床」と言う感じだ。また、仕事の時に無駄な時間を使うのも嫌だった。手術が終われば帰れる、また手術の出来がすぐに分かるから呼吸器外科を選んだ。消化器外科では、なかなかこうはいかないことが多い。リークが予測できないからだ。呼吸器外科はその点、予測が出来るし、何かしらの危険なサインは術後30分以内に出る。いや、出たらいけないんだけど、それ以降に出るものは予測不可能なのだ。そしてその後、自分の時間をどう使うか自分で決めれる。それが魅力だと思う。でも忙しい臨床の場に出るとそうもいかない。論文を書く時間さえ無くなってしまう。考えることが出来ない、自分の自由な発想や行動が阻害されるのが苦痛だった。ぜんぜんそんなことが無い職場というのは無いんだけどね。でも、好きなことを考えられない、勉強できないのが僕にとっては大きいことだったということだろうか。
また、教育もしていきたかった。僕の知識なんてまだまだだけど、勉強は好きだ。でも、頭がいいわけではないから苦労もした。というか、今もしている。英語もドイツ語も片言だ。これは後で書くとして、勉強や、仕事の楽しさを伝えたいし、どうやったらわかりやすく勉強できて覚えられるのか、伝えていきたかった。また、手術などのコツというのか感覚をつたえていきたいと思った。確かに、僕の腕もまだまだなのかもしれないが、研修医を教えることが出来る程度にはなったと思う。ぼくはさっき書いたように、手術は好きだけど、三度の飯より好きってわけではない。国手になりたいわけではないので、僕が教えることが出来るのはある程度までだが、それは僕をドンドン超えていってくれればいいのだ。臨床にいる間、手術のことはある程度教えることができたかもしれないが、勉強自体の楽しさを伝えることはなかなかできなかった。
あと、自分の時間に関係することだが、英語とドイツ語、それに読みたいと思っている資料や教科書、そして本。溜まりに溜まって、結局何もできていない、自分を磨くと言うことが出来ない状態に嫌気がさしてきたのだ。英語もきちんと喋れるように、そして読むのも本も論文も苦にならないようにしたい。ドイツ語も同じく、喋れるようにしたい。こちらは読むのは普通の本だけでよいが。それに、「なんとなく知ってる」で済ませてしまっている知識を、しっかり確認したい。その為には教科書や、論文を読まなければならない。
また、ちゃんと日本人として文化を勉強したい。お茶や書道もやってみたい。なにも打ち込みたいと言ってるわけではない。お茶に呼ばれた時に知らない、ではなく、「初心者ですが」と間違えながらも列席できる程度にしてみたいと思うのだ。習字も結婚式などに呼ばれた時に、綺麗な字で名前をかける程度で良い。でも、どちらも僕にはできない。こんな素晴らしい文化があるのに、何もできないのだ。
こんな悶々としている時に、8年前からアプライし続けていたハノーファーから、「来ないか?Gilly (僕のあだ名) ならいいよ。マウスの肺移植をしてくれるなら、フルの給料を出してもいいと教授が言っている」と返事が来たのだ。9年前にドイツで勉強していた時に「また来るから」と言っていた約束(いや、僕以外の人は約束なんて思ってないかもしれないが)を果たせるとも思った。そして、勤めていた病院の副院長(呼吸器外科のトップ)も「そんな機会があるのなら、行け。病院としては正直イタイけど、頑張ってこい」といってくれ、「アカンかったら、わしが拾ってやる」とまで仰っていただけた。そんな深い度量を持った先生と知り合えただけでも幸福だし、そこまで言っていただいたら、頑張って来ずにはいられないとも思ったのだ。
僕のことを本当に心配して止めてくださった先生にも感謝をしている。そんな先生に対しても、何か恩返しをしたい。でも、まだまだ未熟で何もできない。そしてすべてが中途半端で、恩返しどころか”おんぶにだっこ”だ。いつかドイツに来たことがいい方向に動くだろうか。今のままでは、何も変わらないし、むしろマイナスだろう。それでは反対された状態で日本に残ったのと同じ、いやむしろ悪くなってしまう。
ちょっと話が逸れてしまったが、ドイツに来た大きな理由はそんなところだ。
一つは研究が好きだと言うこと。知りたいこと、やりたいことがたくさんあるのに時間が無い。それが「趣味でお金も稼げない夢のようなもの」というなら仕方がないのかもしれないが、実際、これまではそれで飯を食ってきた。もっと研究に打ち込みたい。自分のアイディアを確かめたい。これが一番の理由だ。
2つ目は、臨床をやるよりも自分の時間を大切にしたいと思っていたこと。研究の仕事は、自分の時間を削ってもやりたいのだが、臨床は”仕事”として接するが、仕事が終わればさっさと帰りたいのだ。手術が嫌いなわけではない。むしろ好きだから外科に入ったし、小児外科から大人の外科、しかも手術が出来る呼吸器外科に移った。そして、ちょっと語弊があるかもしれないが、手術はすごく楽しい。手術中はテンションも上がるし、いつまでもやっていたい(実際は4,5時間ぐらいで集中力が限界になってしまうが)。でも、自分の時間、とくに友達と語らう時間や読書の時間を削ってまでしたいわけではない。僕の優先順位は「研究≒自由時間>臨床」と言う感じだ。また、仕事の時に無駄な時間を使うのも嫌だった。手術が終われば帰れる、また手術の出来がすぐに分かるから呼吸器外科を選んだ。消化器外科では、なかなかこうはいかないことが多い。リークが予測できないからだ。呼吸器外科はその点、予測が出来るし、何かしらの危険なサインは術後30分以内に出る。いや、出たらいけないんだけど、それ以降に出るものは予測不可能なのだ。そしてその後、自分の時間をどう使うか自分で決めれる。それが魅力だと思う。でも忙しい臨床の場に出るとそうもいかない。論文を書く時間さえ無くなってしまう。考えることが出来ない、自分の自由な発想や行動が阻害されるのが苦痛だった。ぜんぜんそんなことが無い職場というのは無いんだけどね。でも、好きなことを考えられない、勉強できないのが僕にとっては大きいことだったということだろうか。
また、教育もしていきたかった。僕の知識なんてまだまだだけど、勉強は好きだ。でも、頭がいいわけではないから苦労もした。というか、今もしている。英語もドイツ語も片言だ。これは後で書くとして、勉強や、仕事の楽しさを伝えたいし、どうやったらわかりやすく勉強できて覚えられるのか、伝えていきたかった。また、手術などのコツというのか感覚をつたえていきたいと思った。確かに、僕の腕もまだまだなのかもしれないが、研修医を教えることが出来る程度にはなったと思う。ぼくはさっき書いたように、手術は好きだけど、三度の飯より好きってわけではない。国手になりたいわけではないので、僕が教えることが出来るのはある程度までだが、それは僕をドンドン超えていってくれればいいのだ。臨床にいる間、手術のことはある程度教えることができたかもしれないが、勉強自体の楽しさを伝えることはなかなかできなかった。
あと、自分の時間に関係することだが、英語とドイツ語、それに読みたいと思っている資料や教科書、そして本。溜まりに溜まって、結局何もできていない、自分を磨くと言うことが出来ない状態に嫌気がさしてきたのだ。英語もきちんと喋れるように、そして読むのも本も論文も苦にならないようにしたい。ドイツ語も同じく、喋れるようにしたい。こちらは読むのは普通の本だけでよいが。それに、「なんとなく知ってる」で済ませてしまっている知識を、しっかり確認したい。その為には教科書や、論文を読まなければならない。
また、ちゃんと日本人として文化を勉強したい。お茶や書道もやってみたい。なにも打ち込みたいと言ってるわけではない。お茶に呼ばれた時に知らない、ではなく、「初心者ですが」と間違えながらも列席できる程度にしてみたいと思うのだ。習字も結婚式などに呼ばれた時に、綺麗な字で名前をかける程度で良い。でも、どちらも僕にはできない。こんな素晴らしい文化があるのに、何もできないのだ。
こんな悶々としている時に、8年前からアプライし続けていたハノーファーから、「来ないか?Gilly (僕のあだ名) ならいいよ。マウスの肺移植をしてくれるなら、フルの給料を出してもいいと教授が言っている」と返事が来たのだ。9年前にドイツで勉強していた時に「また来るから」と言っていた約束(いや、僕以外の人は約束なんて思ってないかもしれないが)を果たせるとも思った。そして、勤めていた病院の副院長(呼吸器外科のトップ)も「そんな機会があるのなら、行け。病院としては正直イタイけど、頑張ってこい」といってくれ、「アカンかったら、わしが拾ってやる」とまで仰っていただけた。そんな深い度量を持った先生と知り合えただけでも幸福だし、そこまで言っていただいたら、頑張って来ずにはいられないとも思ったのだ。
僕のことを本当に心配して止めてくださった先生にも感謝をしている。そんな先生に対しても、何か恩返しをしたい。でも、まだまだ未熟で何もできない。そしてすべてが中途半端で、恩返しどころか”おんぶにだっこ”だ。いつかドイツに来たことがいい方向に動くだろうか。今のままでは、何も変わらないし、むしろマイナスだろう。それでは反対された状態で日本に残ったのと同じ、いやむしろ悪くなってしまう。
ちょっと話が逸れてしまったが、ドイツに来た大きな理由はそんなところだ。