自閉症の子とお出かけを楽しくさせる16年の実践で作った7つの法則  『おでかけのまなび“療育”』サポーター @広島

自閉症の子とお出かけを楽しくさせる16年の実践で作った7つの法則  『おでかけのまなび“療育”』サポーター @広島

ただ願うことは…「この地域社会は君の当たり前の居場所の一つなんだよ」ということを体から染み込ませてあげたい…それだけです。     迷惑かけることを恐れずどんどん地域に出かけよう…それがあるべき自然の姿だから…謝ってばかりはもうやめようよ…

いろんな方のプロフィールを拝見してると、みなさんすごいなぁ…いっぱい資格やすごい経歴がずら~っと…
僕はというと…(;´д`)トホホ


ただ自閉症スペクトラム障がいや発達障がいのお子さんたちが大好き…そこだけは誰にも負けないかな?( *´艸`)


理由がそこにはあって…
ブログの「カミングアウト」でほんの少し書きましたが、僕は重度の強迫神経障害者でした。
手帳はもらい損ねました。作っておけばよかったと今ではつくづく思います。
余裕で1級でしたから…


今は本当にすべてのお陰で服薬しながらもほぼほぼ生き甲斐を感じながら生きることができています。


20歳のころから強迫神経障害に苦しめられ始め、26歳の時に母が交通事故の犠牲になり365日24時間介護が始まった。
介護ノイローゼと自分の病状の悪化で幾度も自殺を試み救急車で搬送されたことも…
家族が後に「あの時は生きて帰ってほしくなかった…生きてるのを見るほうがこちらも辛かった」と昔を思い返す。


通院先を探し当てるのも苦しかった…薬を飲むのも怖かった…「この薬はどんなものなんですか?」と聞くと「あなたね~飲んでみないとわかりませんよ!」って怒られたドクターは広島でも有名な講師もされているドクターだった。


入院させてほしい!と東京の大病院に飛行機で行きましたが、「あなたほどの暴力的になってしまっている人はとても診れない」と断られ、九州地方の大学病院に決まった。(壁に穴開き、おでこは大黒柱にゴンゴン打ち付けるので真っ赤で大きくなってた)


1999年から2000年になるときのカウントダウンは精神科の入院先のテレビ室でほかの入院患者さんと一緒におこなった…というより、ほぼ死んだ状態だったので21時消灯がその時だけ0時までテレビ室OKということで、ただそこにいただけという感じでした。
お先真っ暗でしたから…


精神科の入院は人権などありません…
もう少しで監禁病棟に入れられるところでしたが、ここは本当に患者を治療するところなの????と。


食事も無理やり選択、時間も厳守、深夜も眠っているかどうか懐中電灯を顔に当てて確認されたり、病院構内だけのお散歩も時間厳守…少しでも遅れて病棟に戻ると厳しく叱られた…
お散歩そのものも苦しくて、したくない気持ちの毎日なのに、やっと自分からお散歩したい!と思ってお散歩すると厳しく叱られ、「次に遅刻したら散歩禁止にしますよ!」ときつく看護師から言われたのをいつまでも覚えています。


監禁病棟のある方が自殺を図られた…命に別状はなかったが処置が済むと病室の前を看護師さんたちは大きな声で笑いながら通り過ぎていく…


僕たちは人間?動物?


だから精神科に関しては建物の中だけでの治療は大嫌いです。


個人病院系列の病院に変わり…院長と卓球をしたりほかの患者さんと花札をしたり、作業療法を受けたり山の中への散歩に参加したり…そして最も生きててよかったと思ったのはお出かけ許可が出てダイソーの百円ショップの買い物でした。こんなにダイソーでの買い物が幸せなことだとは…


その時買ったものは陶磁器製の植木鉢でした。山の散歩で見つけた何でもない小さな花を持ち帰って鉢に植えて絵を描くためです。
買い物から帰ると買い物チェックをされます。すぐに看護師長に呼ばれ陶磁器製の植木鉢を買った理由を聞かれた…割って首を切って自殺されたら困るからね…って。何とかお願いが通り自室に置かせてもらった。自室と言っても畳の6人部屋。


結局治るものではないことを受け入れつつどうやって地域社会生活が送れるのか…仕事そのものができるのか…出来ても人の顔を見てものが言えるのか…などなど未知の世界だった。
ソーシャルワーカーさんとも話し合って、生活保護を受けてでも地域で生きたいという願いは変わらなかった。


ドクターも「治りはしないが付き合って生きていくしかない。病院にいればいるほど出られなくなるばかりだよ…」って言われ僕も同意せざるを得ず、自分自身との真っ向勝負のために病院を出ることにしました。いい意味での強制退院。


“社会復帰”後もいろいろありましたが、あらゆる人、環境因子、自分に合った薬などなどきっと恵まれていたのだと思います。


発達障がい・自閉症などに関してすべての知識と専門性があるわけではありませんが、ただ一つ…自閉症と強迫神経症は紙一重の部分があります。
それに加えて、入院中のダイソーへの買い物のこれまでにない幸福感…
これらがお子さんたちととにかく地域社会に出かけたいと僕を動かすんだと思います。止まらないんです。

もっともほかにも自分をそのように突き動かすものはあります。


発達障がい・自閉症スペクトラム障がいなどに関して正直アドバイスをできるような存在ではないことは重々承知しています。


自分の行ってることの効果は非常に微々たるものであることも十分承知しています。
それでも、きっちりコミュニケーションがとれるわけではないけれど、外に出たがっていることだけは“聞き取れます”。


自分もあと何十年も生きられるわけではありませんし、お子さんたちと何十年も一緒にいられるわけでもありません。


アドバイスはできませんが、不安や悩みを聴くことはできると思います。
強迫神経障害に関しては多少のアドバイスは可能かと思います。



ただ願うことは…「この地域社会は君の当たり前の居場所の一つなんだよ」ということを体から染み込ませてあげたい…それだけです。
すまいる大好きな自閉症スペクトラム・発達障害
ADHD・学習障害・ダウン症の子どもたち
この指と~まれポイント。そしてお帰り~家

障害児育児・療育中のお母さまたち
毎日休みなくお疲れ様です


地球この地域社会は君たちの当たり前の
居場所なんだよ
だから迷惑かけることを恐れず
どんどん社会参加しようよ
走る人ランニング

 

 

 

 

 

いつも読んでくださりありがとうございます虹

 

 

sorairo no kuniさん

連載パート2です

 

 

法律の制度のこと

役所へのお願い方法

ヘルプ制度の賢明な使い方など

分かりやすくて

情報ヒント満載ですよ

 


 

 

親と一緒だと、親に頼ってしまうことも

ヘルパーさんと一緒だと

本人も、お父さん<自分がやること>

と自覚して、切符の買い方や

電車の乗り方、お風呂の使い方など

公共のマナーを

一緒に練習してくださり

とても助かりました。

 

 

初めての場所や、初めての活動が

苦手なお兄ちゃんのために

ヘルパーさんとのお出かけ前には

数回の『お試しお出かけ』を

家族でします。

 

 

ダイヤオレンジ家事援助とガイドヘルプを使ってできる事

下矢印

お料理の練習 (将来ヘルパーさんと

生活を整えられるように。)

 

食材の買い出しからお弁当作り等。

多くの居宅介護のヘルパーさんは

同時にガイドヘルパーの資格も

お持ちの方が多く

最初の30分は、一緒にバスに乗って

スーパーまで食材の買い出し。

(ガイドヘルプ30分)

その後自宅の台所を使っていただき

お兄ちゃんの分だけの、夕食や

お弁当作りの料理練習を

お願いした時期もあります。(家事援助90分)

 

 

もちろん普段から

子供用包丁からはじめて

お料理の練習や

買物に行った時の

食品の見方や日付の確認などは

親が教えておくのです

 

 

 

ダイヤオレンジ居宅介護でできる事

 

最初に福祉サービス利用の事を

教えてくださった

お母様は、ご自宅にヘルパーさんが来て

小学生の息子さんの

お風呂介助(お風呂の練習)を

されていました。

その時は息子さんがご自身で

自分のヘルパーさんを玄関で迎え

お風呂介助をしていただくそうでした。

そのお母様は、できるだけ

息子さんに任せておくそうです。

ご本人の入浴練習だから、との事でした。

そういう利用の仕方もあるんだなぁ。。

って思いました。

 

 

 

深いなぁと思いましたおーっ!

 

丸投げではなく

 

 

事前に

sorairo no kuniさん

先陣を切って行動を開始し

 

 

さらりと

ヘルパーさんが息子さんへの

サポートに移行する

 

 

 

情報を共有し合って

料理やお風呂の自立に向けて

早め早めに

コツコツ進めていく

 

 

情報提供してくださったお母さんは

お子さんが小学生の時から

お風呂の自立を考え

 

自分でヘルパーさんを

玄関まで迎えること等

なんでもないようなことでも

自分のことは自分でする…

 

 

ブレない軸

ブレない芯

 

そんな印象を強烈に感じました

 

 

 

 

なぜそこまで早めにされたのでしょう…

 

 

そう

当時はなかったんです…

今の時代のような福祉制度が

全然整備されてなかったのです

 

 

 

恐らく

将来への不安感は強かったと思います

 

自立に関しても

焦りは強くあったと思います

 

 

 

当時は今のような福祉制度は全くなかったから

動かれた…はてなマークはてなマーク

 

今は福祉制度が充実しているように

見えるには見えますあせる

 

 

 

しかし必ずそこに

ブレない軸

ブレない芯

が必要です

 

 

 

僕たち福祉従事者という一つのピースに

丸投げではなく

 

ご家族が

ご自宅という教室で家

 

そして

主導権を

福祉従事者に対して…

というより

 

お子さんに対して赤ちゃん

主導権を持つということです

 

(福祉事業者側の言いなりになるという意味ではありません。お子さんに対しての自分軸だけは持っておくという意味ですビックリマーク

 

 

 

偉そうなこと書いて申し訳ありませんあせる

先輩ママたちからのアドバイスや

実体験などから得られる情報は

非常に有益ですビックリマーク

 

 

丸ブルー丸ブルー株式会社の

上三角上三角福祉サービスが

我が子をすべて支援し

1から10まで療育し

大人にしてくれた…

 

ということはあり得ないのです

 

 

 

主導権を持たれるお母さんの

応援者という存在だと

僕は自分のことを思っています

(もちろん極度の危機的状況などの場合は除きます)

 

 

 

それではまた明日お会いしましょうね音譜音譜

 

 

 

 

 

 

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Make@wishこどもデイサービス

 

加藤 啓吾

 

 

7つの法則
1⃣ とにかく幼い時から
2⃣ いろんな所に
3⃣ 何度も何度も
4⃣ 曲げられないルールは貫く
5⃣ 信じる
6⃣ 度胸・勇気
7⃣ 人権

 

 

 

 

 

今日もお読みいただき
ありがとうございました!