「私はここにいてもいい」
このフレーズをつぶやくと
私は安心感を感じます。
「ここにいていいんだ
生きていて良いんだ」
と思え
安心感を感じ
心が落ち着くことが多いです。
この魔法の言葉は
もう10年以上前に
見つけた言葉です。
10年以上前
心屋塾の
マスターコースを受講していた時
「インナーチャイルドに向かって
どんな言葉をかけてあげますか」というワークの時に
傷つき、動けなくなっている幼い自分が浮かんできて
「ここにいてもいいんだよ」
「もう幸せになっていいよ」
という言葉が自然と口から出てきて、
涙がこぼれました。
この
「ここにいてもいい」と
「幸せになっていい」
は
セルフカウンセリングで
浮かんできた
初めての言葉かもしれません(^ ^)
なぜこんなに安心するんだろう?
なぜ今も心に響くんだろうと
疑問に思ったときに
それは
自分の心の奥底に
「こんな自分で、生きてはいけない」
「この場所では
この家族に認めてもらえてない」という
思い込みや勘違いを
抱えてるんだろうと思います。
幼い頃から
家の中が、
家族と一緒にいることが、
私にとって
居心地がとても悪くて
そして
常に緊張感を感じていました。
うちの家族の話しをすると
母は
家族よりもどちらかというと
宗教活動を優先しがちで、
父はそんな母に苛立ち
母をどうにかしようと
一人でもがき苦しみ、
時に
酒に酔って
声を荒らげて
母とケンカしてました。
そんな父は
私が高校3年生の時
「もう離婚する!大学に受かったら20まではお金を出すが、そのあとは自分でなんとかしろ!落ちたら、働け!」と
言ってきました。
これは
共通一次試験大学入試センター試験の
一週間前の発言で
浪人できるほどのお金は
家にはないと思い込んでいて
現役合格しなければならないという
プレッシャーを感じながら
勉強していた私にとっては
はた迷惑以外の何物でもない発言でしたね〜
そして
母は
そんな感じの父と向きあうことよりも
宗教活動をすることが
幸せになる道だと信じているようでした。
また
そんな父母に対して、
私の7つ上の姉は、
「この人たちに何をしても無駄だ」と
どこか見放した感じの人でしたし、
兄は
そんな父母への苛立ちを晴らすように、
たびたび学校で問題を起こし、
機嫌が悪いときは、
5つ年下の私に
「ころすぞ、なぐるぞ」と脅してくる人でした。
そんな殺伐とした家で、
小学生から思春期の私は、
家が安心できる場所でないことへの
ストレスも感じていました。
今、振り返ると
この家が
この家族が
居心地が悪いと感じながらも
それは自分のせいだと
考えていたように
思います。
そして
「こんな場所にいたくない」と
思いながらも
「自分が何とかしなくちゃ」と
変に責任を感じ、
でも幼い自分に何ができるわけでもなく、
どうすればいいか考えが浮かぶこともなく、
何もできないことに
何も考えが浮かばない自分に
無力感を感じ、
「自分はここにいてはいけない」と思うようになり
生きることをやめてしまおうと考えるようになっていました。
と、
この辺りまでを
去年の9月ごろに
ブログの下書きとして
書き、
そこから結論が見つからなくて、
放置していたのですが、
とあるテレビを観て
この続きを書くたくなりました。
そのテレビとは
NHKのヒューマニエンスQ(クエスト)という番組で
織田裕二さんが
司会を務め
最新科学での研究結果から「人間」を深掘りするという内容です。
と、この続きはまた次に。
ちなみに
このあと、
両親は結局離婚せず、
「離婚する!」と
いい切った半年後ぐらいに、
二人で仲良く旅行に行きました(笑)
旅行当日の朝、
母は
まだ眠っている私の部屋のドアをどんどん叩いて
「私達、今から旅行に行くから」とだけ言って出かけていきました
もちろん、
二人が旅行に行くことをこの時、
私は初めて知ったのでした(笑)
あと
兄姉とも
二人が結婚したあとぐらいから
ちょっと距離感のある関係性で
憎しみ合うような関係には
なっていませんので、ご安心を
(^ ^)
散歩途中でみかけた
近所の花


