近所の公園の桜
公園の広場を囲うように
植えられているのですが
こんなに咲いているのは
この木だけでした
他の木は蕾ばかりだったので
とても不思議です(*^^*)
前回のブログでは
最近気づいたことから
生まれた
魔法の言葉を
リストアップしてみました。
今回は
去年の10月ごろから
過去の心の傷と
あらためて向き合い
セルフカウンセリングしていくと
「悲しいを感じることを
禁止していた」
「悲しいを感じることが
嫌だった」
だから
何か別のことをしたりして
気を紛らわそうとし
悲しいを感じないようにしていた
でも、
悲しいは全然心の中に残ったままだった
ということに気づいたと
書きましたが
もうちょっと
付け加えたいことがあったので
それらを書いていきます。
「悲しいと感じては駄目だ」
「悲しいと感じると人間として無価値だ」
「悲しいと感じると愛されない、認めてもらえない」
そんな風な思いが
自分の中にあった。
だから
悲しいと感じたくなかった。
でも、どうすればいいか分からなくて
ただ、我慢するだけだった。
本当は悲しくて悲しくて
辛いのに
悲しくないふりもしてた
こんなことは
よくあること
誰にでもあること
だから
前に進まなくちゃ
そんな風に考えてしまってた
自分の感じてる悲しみを
誰かと比較するって
自分の感情を蔑ろにしているだけなのにね。
とにかく
我慢することで
悲しいを閉じ込めてしまってた
でも
「悲しいを感じること」
と
「自分は愛されてない」は
けっして
イコールなんかじゃない
「悲しいを感じること」
と
「自分は価値がない」も
けっして
イコールじゃない
むしろ
悲しいを感じることができることこそ
人間らしいこと。
その人らしさであり、
個性とも言えるかも。
また
ちゃんと悲しいを感じれば、
悲しいは終わらせることができる。
むしろ
悲しいを感じないようにすればするほど
その悲しみはいつまでも自分の心に残る
今
こんな風に思っています。
悲しいを感じないようにするとは
例えば
スマホでゲームをしたり
SNSをぼーっと見たり、
ストレス発散のつもりで
酒・タバコを摂取したり、
暴食したり
愚痴をただ言うだけだったり、
無理にポジティブシンキングをしようとしたり、
無理に笑おうとしたりする…などなどで
悲しいを
何か別の感情で上書きしようとする行動。
結局
それをすればするほど、
悲しいと感じることに蓋をするだけで、
心の奥底に
どんどん沈んでいき、
けっして
その悲しみは無くならない
じゃあ、
悲しいをちゃんと感じるにはどうすればいいか?
ただ感じてみる
そして
何もしない
どうにかしようとしない
ただ悲しいを感じる
これを続けていくうちに
自然と悲しいが溶けていく
と思っています。
そうやって
悲しいを感じることを終わらせようと
ただただ感じるをしていると
たまに、
悲しいを感じることに
飽きることがあります(笑)
「もう悲しいを感じることに飽きたし、
もうええか〜」と
どこか吹っ切れた気持ちになり
そうなったら
終わりとも思っています。
ただ
どうしても悲しいを感じることが
しんど過ぎると感じた時は
何もせず寝てます
布団をかぶって
横になり
もうしんどい!
しんどいのは嫌だ〜
もう悲しいのは嫌だ〜と
思いながら
じっとしてます^_^;
そうやっているうちに
自然と動き出せることが分かってきました。
こちらも
やっぱり
ただ飽きてるだけなのかもしれませんが(笑)
と
今はこんな風に
禁止し、閉じ込め、拒否してきた
「悲しい」を
感じるよう
練習中です。
前回にも少し書きましたが
悲しいを感じる練習をし続けていると
今まで
したいと思っていたけど
出来なかったことが
サラッと
するようになっていたりと
自分の
心と身体が一致し出してるように感じ
1日の中で
心地いいと思える時間が
増えていっていて
調子良いなぁとも思っています。
