創価学会の活動をしていた時も
会社で働いていた時も
心屋でカウンセラーをしていた時も
いつでも
自分以外の何かを目指してた
理想の学会員
理想の会社員
理想のカウンセラー
学会員ならこうあるべき
会社員ならこう
心屋のカウンセラーなら
こうすべき
ずっと
そういう「べき」が
拭いきれず
理想の誰かを求めて
頑張ってた
心屋に通い
心屋仁之助さん(ぢんさん)に
心のことを学んで
頑張らないこと、
降参して
自分の心の
鎧を脱ぎ、
武器や盾を
降ろすことを
教わったのに出来てなかったなぁ
って
こういう思考パターンが
また
自分の中の
「自分はダメだ」が
増えちゃうんだろうなぁ(笑)
「〇〇なのに、
できない自分ってダメだ…」
〇〇の中には
理想な何かが入る。
どんな時も
結局はこの〇〇という中身が
違うだけで
やってたことは
同じだった。
理想の何か
を求めてた
頑張らない自分を
頑張ったりもしてた(笑)
大事だったのは
駄目な自分をどうにかしようとすることではなくて、
自分で駄目だと思う部分を
自分で受け入れること、
自分の中に落とし込むこと
そんな自分と
死ぬまで付き合っていくと
覚悟すること
そこからなんだろうなぁと
今は思ってる。
結局
『自分』以外の
何かになろうとしていたから
苦しかったし
しんどかったんだろう。
まぁ、でも、
とにかく
ただただ
一生懸命だったなぁ
頑張っていたんだなぁと
今なら思える。
めっちゃ
空回りしてたけど(笑)
なんで
頑張らないことを
頑張ってたのか
なんで
哀しいぐらいに
空回っていたのか
そのへんも
最近気づいた。
これはこれで
「まぢか!」って
衝撃的だったけど(笑)
頭の中が
もう少しまとまったら
後日、
ブログにするつもりです。
