「それヤダ!」
「なんか氣持ち悪い…」
こういう言葉を
使うことに
抵抗感ってないですか?
なんとなく
言ってはいけない、
思ってはいけないって。
「それヤダ!」
「なんか氣持ち悪い…」
と感じるということは
そう感じる何かが起こったから。
人って
自分が今まで出会わなかった
人や物事、何かなどに
ショックをうけると
そのショックさを
ヤダ!とか
気持ち悪いって表現する
幼いころ
生の魚を
はじめてみたとき、
何とも言えないような
違和感を感じた覚えがあります。
それは多分
私の中の
「生き物」というイメージと
全く異なる存在への
違和感だったのでしょう。
そういった違和感などを
つい
ヤダ!
とか
気持ち悪い!
って言うと
「そんなこと言ってはいけない!」と
頭ごなしに
言われたりしませんでしたか?
学校の道徳の時間や
ホームルームなどで、
とりあえず
同じ生き物なんだから
「そんな言葉を使ってダメですよ〜」
なんて教育を
受けたような氣がします。
こんな風に
ただ頭ごなしに
否定し、
ときに命令口調って
私は
無くなってほしいなぁ
と思います。
「気持ち悪い」も
「ヤダ!」も
差別発言というより
ただ
ショックを
受けただけという面もある。
ショックを受けて
驚いて
つい出た言葉に
「言ってはいけません!」と
頭ごなしに命令するのは
モラハラではないでしょうか?
モラハラとは、
道徳や倫理に反する、
精神面に対する
嫌がらせのことを意味します。
精神面、
つまり
人の感情や気持ちに対して
一方的に抑え込んだり、
嫌がらせをするのも
モラハラの一種だと思うんです。
相手や
そのモノに対して
本心で言ったのではなく、
自分の感情に
ヤダ!気持ち悪いと言っただけ。
大人になっても
何となくイヤだなあ
とか
何か氣持ち悪いって
感じることってある。
しかも、
その氣持ちを
反射的に
言わないようにしたり
抑え込んだりしてしまう。
そのままだと
年々
苦しくなっていくと
思うんです。
「イヤだ!」も
「氣持ち悪い!」も
自分の素直な氣持ちだったりするのに、
いつまでも
言わないよう
思わないよう
自分で我慢しているから。
そして
それが
もしかしたら
生きづらさの理由の
一つかもしれません。
だから
「それ、なんかイヤだ!」
「なんか氣持ち悪い!」
と思うだけで
心が軽くなったりしますよ。
ただ
人前で言うと
もめ事になる可能性が高いので
心の中だけや
一人でいるときに
小声で言うようにしましょうね〜
では!
