本当は思っていたこと | 自分の考えや氣持ちを言葉にするためのブログ

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「目の前の出来事をすぐに、どうにかしようとするのをやめてみる」
をテーマに生きていくためのリハビリブログです。

後から
自分が読み返したくなる
ブログを書けれるようにしたいと思っています。

自分の思ったこと、感じたこと、
考えていることを
表現する練習のための
ブログでもあります。

時には
何日にも分けて
思いつくままに書いているので、
文章にまとまりがなく
分かりにくいかもしれません。
すみません。


しはじめた
きっかけは
もう忘れてしまったが。

この1週間ほど
ホ・オポノポノの

ごめんなさい
許してください
愛しています
ありがとう

常に
心の中で呟くようにしている。

そして
氣づいたことがある。


ごめんなさい
許してください
呟くと
心が軽くなる感じがある


何故だろう


もしかしたら
「ごめんなさい
許してください」が

私自身の
押さえつけてきた
「本当は言いたかったこと」だったのかもしれない。


こんな自分でごめんなさい

できない自分でごめんなさい

父さんと母さんの喧嘩を
止めることのできない私でごめんなさい

父さんと母さんの
期待に応えられない
情けない子供でごめんなさい

世間一般的な
普通の子供じゃなくって
ごめんなさい。


こんな自分でごめんなさい



そう思っている自分を認めると
ますます自分が
ダメになりそうな氣がして
思わないようにしていたのかも?


こんな自分でごめんなさい
と思わないようにするために
ダメな自分を変えようと
努力して
頑張ってきて、

でも、
どんなに頑張っても
ダメな自分が変わらなくて

で、
自分自身に絶望したときもあった。


「どうせ愛されてる」
「認められてる」
と呟いて
人生が上手く行っているような時もあったけど
上手く行かなくて
投げやりになったり
もがいたり
どうにかしようとしていたけど、

本当は
「こんな自分でごめんなさい」
と思い続けていて
思い過ぎて
反射的に
自分を卑下するクセがあるんだと
氣がついた。



そして
「こんな自分を許してください」も
同じように
実は押さえ込んできた言葉なのかもしれない。



幼い頃
親から
泣いても
許してもらえなかった
認めてもらえなかった
という経験がある。


幼い頃の私は
とても泣き虫で

泣いている私に
両親、家族は

泣くな!
男のくせに。
泣いても何も変わらない。
それは自分のせい。

そんな風に言ってきて
さらに
私は泣いていた。

そして
幼いなりに
この両親、家族は
私のことを
認めてくれない
守ってくれない

そんな悲しい思いを感じていたように思う。

そんな思いが
どんどん大きくなり
両親、家族に心を閉ざすようになっていった。


なのに、
両親や家族の言うことの方が
正しくて
泣く自分が悪いとも
思ったりもした。

自分の事を
許してくれない、
認めてくれない
両親や家族の方が
間違ってる
おかしいと
思いながらも

両親や家族の言うことの方が
正しくて
自分が間違ってる
自分がおかしいのかもしれないという
矛盾する考え方が
ぶつかり合って
辛い時期もあった。


中学生ぐらい
学校で軽いイジメにあっても
誰にも相談できず
ただただ
自分が悪い
自分を変えなくちゃと
思い込むようになったりもしたし、

何故、
自分だけこんなに
辛い思い
苦しい思いをしなくたはいけないのか?
それは
親のせいではないのか?
思うようになった。

そうして
過去の両親への
不信と怒りや
他人や社会への
不信と怒り
そして
自分への不信と怒りを持つようになっていった。


それから大分時間が経ち
色んな学びと経験を通じて
だいぶ
不信と怒りは薄まってはいると思ってはいたのだけど、

ホ・オポノポノの
ごめんなさい
許してください
愛しています
ありがとう
と呟くことで


過去に
本当は言いたかったけど
言えなかった
自分の想いに氣づいたことで
氣が楽になっている。