​​​​​​​20161025_松蓮寺 

 

備中高梁駅の東約300mのところに真言宗のお寺である松連寺がある。寺伝によると、812年に弘法大師により建てられたらしい。本堂の天井と船戸は文禄の役の際に使われた軍船の大将宇喜多秀家の居室のものとのこと。

 

これは当時の住職有海僧都が秀家とともに乗船し、航海の安全と戦勝を祈願したことから本堂の再建の際に寄付されたらしい。

 

 

空海のお寺や足利尊氏の命令によって各地に建設された安国寺といい、日本中にお寺がたった時期ってどんな時代だったんだろう。なぜ全国にお寺を建設しようとしたのか?その時の時代背景。

 

そういったものをこれから勉強していこう!

今日も一日楽しかった。

 

ありがとう!

 20161024_頼久寺 門からの写真20161024_頼久寺 niwa

高梁市の歴史について。

 

今日は頼久寺(らいきゅうじ)

頼久寺は臨済宗のお寺で。寺伝によるお建立は1339年。

 

足利尊氏が日本の各地に命じて建立した安国寺のひとつ、備中安国寺が前身とのこと。

 

〇なぜ頼久寺??

でなんで頼久寺っていう名前に変わったかっていうと、永正年間(1504~21)に備中松山城主の上野頼久(よりひさ)がお寺の建物を一新し再興に努めたことから、頼久の死後、頼久の名を加えた

 

「天中山安国頼久禅寺」

 

と称し、そこから頼久寺になったとのこと。

 

で、頼久寺には庭園があって、この庭園が国の文化財(国名勝)に登録されている。これはここに仮の住まいを構えた備中国奉行小堀政一(遠州)の手によって1605年ごろにつくられたもので、「鶴亀の庭」と伝えられている。

 

で、この頼久寺は

 

男はつらいよ「第32作・口笛を吹く寅次郎」

 

の際、寅さんが博の父・飃一郎の墓参で、訪れた際のお寺として使用されていたらしい。

 

知らなかったが、高梁市は寅さんが2回来た町として有名らしい。

 

1回目は第8作 男はつらいよ 寅次郎恋歌

 

2回目が第32作 男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎

 

博の実家いう設定で2回とも使われているとのこと

 

 

ほー、調べれば調べるほどおもろいなー

 

まぁ、今日も一日楽しかった。

ありがとう!

20161027_プレゼン術_山中伸 

 

今日、会社の回覧で下記の記事が回覧されてきた。

 

 読んでいて面白かったので、簡単に要点を下記に書こうと
思う。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50021 

 

 【要点】

 ①スライドは、文字でなく絵が主役 

→オーディエンスがスライドの絵を見て「何だ、何だ?」と思ったところで、
 

その絵に合った話をするのがプレゼンテーション 

 

 ②絵にしたことをしゃべる 

→「スライドにないことは、しゃべらない」。 また、逆に「しゃべらないことは描かない」

→絵と言葉の一致。 

 

 ③スライドは「連続性」を意識しろ 

→スライドの一枚一枚に「つながりをつくる」ことも重要

こんなところかな。

 上記を意識して今度からスライドをつくっていこう!! 

 

 今日も一日楽しかった。 

ありがとう!!

 先日ダイヤモンド出版社から1枚の色紙が届いた。

 

「ん??」

 

と疑問に思い、中を開けてみると、、、

 DSC_0476_20160930204943be8.jpg

 

 

堀江さん直筆の色紙。

 

足し算からはじめよう 堀江」と書かれていた。

 

まさか当選するとは持ってなかったので、驚いた。

 

これは、堀江貴文著 「ゼロ 何もない自分に小さなイチを足していく」

 

20160930_ゼロ 堀江貴文

 

の本の中に

 

「あなたの今の目標(夢・希望)をお書きください」というアンケート用紙があり、それを書いた人の中で30名が堀江さんから直筆のメッセージがもらえるというもの。

 

自分の妄想について書いて出した。

 

今日から俺も自分に小さなイチを足していこう!

 

今日も一日楽しかった。

ありがとう!!

来週火曜に社内で役員や各部署の方の前で日ごろの成果の発表を行う。
そのために
「カーネギー心を動かす話し方」の本を昔読んだので、改めて読み返してみた。
その中で「知識や情報を提供する話」の章についてまとめたいと思う。

この章で重要な点を列挙すると下記の5つ
 ・持ち時間に合わせて話題を限定する
 ・考えを順序よく整える
 ・要点に番号をふって列挙する
 ・よく知られているものに例える
 ・視覚的な補助手段を用いる


上記の中で新しい発見の一つとして
 「よく知られているものに例える」である。

表現する物事を聴衆によくわかるものに例える作業は自分の理解にも役立つと感じたからだ。本当に理解していないとたとえ話は思いつかない。

上記の点を意識して来週のプレゼンに挑もう!
おやすみ

 

仕事で上司に「相手の立場に立て!」といわれることがあるが、いったいどういうことなのか?どういう状態の時、相手の立場にたっていることになるのか、わからなかったので考えることに。

 

いろいろ調べたりして、考えた中で「相手の立場に立つ」というのは

 

相手の感情や育ちを把握し、相手の視点から、相手になりきって自分を客観的にみることできる

 

ことなのかなーと。

 

そして、その相手の立場に立った時に、自分がどんな行動をとったら相手が喜ぶかを考え、相手が望む行動を自分がとる

 

それができたとき、相手の立場に立った行動ができていることになるのかなと。

 

これまでの自分はただ、自分の目線から相手を見て、相手が望むものを考えていたので、根本の考え方が違っていた。

 

そう考えると、まず私がすべきなのは

 

①   俯瞰的に自分を見ることができるようになること(相手の目線から自分を見ること)

②   相手になりきって(演じる感じで)、相手の視点から自分をみること

 

ができるようになることが大事なのかなーと感じた。

 

正解かどうかわからないが、今年はこの視点を持てるように自分の行動を変えていこうと思う。

 

今日も一日楽しかった。ありがとう。

 

今日社内の回覧で山中伸弥さんと兒玉圭司の対談の特集ページが回ってきた。

 

読んでいて面白かったので簡単に内容を書いていこう。

 

山中さんは京都大学IPS細胞研究所所長で、2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した方である。一方兒玉さんは、昭和31年に世界卓球選手権大会に出場し、シングルスベスト16、その後、日本代表の監督をつとめ、金17個、銀13個、銅24個のメダルをもたらすなど数々の業績の持ち主。加えて、ウィッグメーカー スヴェンソンという医療系の会社の経営トップと異色の経歴をもっている。この二人の対談。

 

タイトルは「人生を成功に導くもの」 from 「致知 2016年10月号」

 

「おかげさま」と「身から出たサビ」

 何か悪いことが起こった時は「身から出たサビ」、つまり自分のせいと考え、逆にいいことが起こった時は「おかげさま」と思うというもの。

 

うまくいくと自分が努力したからだと、つい思ってしうまうが、その割合が意外と少なく、周りの方の支えや助けがあって初めて物事はうまくいく。ついよいことがあると、調子にのってそこから努力しようとしない自分がいるので、今後なおしていこう。

 

 

「よりよい人間関係の中によりよい自分がいる」

 

 よく、類は友をよぶというがこのことなんかなーと思ったりする。自分が怠けていると、それにふさわしい人間関係しかできない。逆に自分が勉強して成長すれば、素晴らしい方々とのつながりができる。私の将来の夢は、田舎に帰ってお金を稼いで環境にやさしい技術や活動をしている方のための財団をつくること。その将来にむかってまずは常に仕事でも人間関係でも自分よりレベルの高い人に会っていこう。そのために自分のスキルそして、精神を高めていく。

 

「まぁ、いいか」と思ったとき、その人はそれ以上勝つことはできません

 

 1度それを許せば、いつの間にか自分の人生すべてにおいて「まあいいか」となってしまう。そうなると、成長がとまるどころか、どんどん衰退していってしまう。普段のちょっとした一瞬一瞬の気のゆるみや判断が自分の人生を左右する。

 

将来、財団をつくるためにも日々の行動、そして意識をかえていこう!

 

今日も一日たのしかった。

 

ありがとう。

 

この話は昨年の盆休み、岡山のツアーから帰ってからの出来事。かく内容が多いので今日かくことに。

下記内容は昨年8月ごろのブログの内容。

 

昨日の夜、岡山のお土産を堺で店を営んでいる66歳のK子さんに渡しにいった。しかし、店はしまっていて電話したら、16日に店をしめて、今月いっぱいにはこの場所からはなれるらしい。うんよく、その日は片付けのため、店にくる日で5分程したらK子さんがきた。お土産を渡してすぐ帰るつもりだったが話が弾み、結局1時間半程、後片付け途中の薄暗い店の中でK子さんと二人でいろんな話をした。メインはK子さんの66年間生きてきた歴史やそれら通じて学んだK子さんなりの哲学。もしかしたら、今日がK子さんと最後になるのかもという感じでいろんな話を僕にしてくれた。そのすべてを書くことはできないが、抜粋していくつか書いていこうとおもう。

 

○目標をきめてそれを必ず達成するという思いが大事

→K子さんは堺で飲食店を営んでいる66歳のおばあちゃん。しゃべり上手でいつも明るいけど、そのおばあちゃんの人生は波乱万丈。そんなKさんは今月一杯で堺を離れて、2ヶ月程入院するらしい。これまでにガンと2回告知され、治ったが歳を重ねるにつれ体もよわり、いまは病院で定期的に治療をしているとのこと。5月ごろから体調を崩し、店を続けることが難しくなり、9月16日に店をしめ、今月一杯で店を離れる。店をやめるっていうのをお客に伝えたら最後いろんなお客さんが店にきてくれ、店の中はお花でいっぱいになったらしい。そのお客さんの思いにこたえるためにも出来るだけ早く店をやろうときめ、早くて11月、遅くて12月に店をやると決心した。なぜ来年ではだめなのか?

その理由は来年だとK子さんの熱が冷めるのと、それに伴いお客さんの思いも冷めていくからとおっしゃっていた。自分がそうしたいと思ったときに行動しないと、冷めたときには自分でも驚くほど気持ちがかわっていると12月復帰は難しいかもしれない。でも、どんなことでも、やるんだという強い気概や、目標がなければ物事は達成できない。66年生きたK子さんの哲学がそこには含まれていた。

鉄は熱いうちに打てというように、自分がこうしようとおもったら、その思いが冷めないうちに行動に移す必要がある

 

~K子さんの家族の話~

○ 両親の介護はした方がいいよ。老人ホームに預けても頻繁にいかないとその人は雑に扱われることがある

 

○将来、子どもが生まれた際、父としての役割を果たせない父は失格

 

○娘は父に虐待されても娘にとってはたった一人の父。お母さんは離婚したからお父さんとは赤の他人やけど、娘からしたら他人やない。そんなことを娘がいったとき凄い胸が苦しくなったらしい。これまで娘や家族にひどい仕打ちをしてきた、そして、いまは認知症をわずらっている父、その介護を娘が5年程やっている。迷惑かけた父が死ぬ最後でもいいので、娘にありがとうといってくれたり、娘のためにお金を残してあげることをしていたら、それは娘にとってはこれまでの父の介護もやってよかったとおもえると、K子さんはいっていた。

 

○我慢の限界がきたとき、人はまわりのひとがどうおもうとか考えん方がいいのかもしれない。

→これは娘からの一言からそう感じたらしい。

お母さんが父からの暴力を我慢せずにわかれてたら、私の人生はもっとよかったのかもしれない。お母さんがお父さんに殴られるのをみんかったろうし、殴ってるお父さんもみんかったとおもうと。K子さんはどんなに辛いことがあっても我慢することが美徳だとおもっていたが、あとから振り返ってみると、違ったのかもしれない。

 

人生はつねに流れていく。間違ったことをしていても。それでもそんな過去の自分の人生を受け入れて今を一生懸命いきている。

 

そんなことをK子さんの話の中で感じた。

盆に実家に帰って、そのお土産をお店に持っていっただけなのに、1時間半程K子さんと話すことになるとは思わなかった。

 

K子さん、ありがとう。

新年明けましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いいたします!

 

遅くなりましたが、昨年の振り返りと今年の抱負を簡単に書いていきたいと思います。

 

〇昨年の振り返り

昨年は大阪から離れることを決意し、仕事と移住活動の両立に励んだ年となった。移住活動の中でたくさんの方と出会い、話をし、少しずつ自分の進路が明確になっていった。

 

一方で昨年の初めに目標を立てて、昨年末に達成度合いを確認してみると目標の達成度合いはいまいちだった。物事の取り組み方を改善する必要があると実感した。

 

その原因を考えてみると、やはり年始の目標を立てた際、どれだけ目標を達成している自分をイメージできているかが、目標の達成度合いを左右していた。

 

目標を達成したときの自分の感情はどうで、周りの方の反応や、自分が喜んでいる姿とか、日々目標に向けて努力している自分はどんな感じかとか、具体的にイメージできたものはだいたい達成していたから。

 

まだまだ自分の改善すべき点はあるので引き続き、目標を立てて、その実現のためにどうしたらいいか考えていきたいと思う!

 

〇今年1年の抱負

今年1年は

 

「将来のなりたい自分を臨場感を持って脳内でイメージし、それを体現していく1年」

 

にしていきたいと思う。

どうやったら、自分の思い描いている自分になれるの頭が痛くなるくらい考えて、行動していきたいと思う。
手帳に書いた目標はたくさんあるが、抜粋すると

 

・農業の世界を変えるために将来自分が進むべき道を決定し、それに必要な決断を下し、将来の勉強を行っている。

・芸術に触れ続け、かつ芸術を体現している(←新たな目標)

 

まぁ、こんな感じでこの1年は最高に楽しく、運がいい1年にしよう!

 

自分のこれまでの考え方の習慣、行動様式の奥深くに問題があって、それが起因してある結果になっている。そのため、怒られたときは自分のなかで無意識にやっていて、その問題に自分がきづいていないのだ。

 

たちがわるいことに、怒られたときにも、なぜ起こられたのかもわからないことがある。一人になって原因を考えていくと、ようやくその原因がわかる。その問題がおきるリアルタイムでその事に気づけないのだ。すごい重症である。

 

そんなことを先日上司から怒られて感じた。

 

入社して、3年目。少しずつ仕事に慣れてきて、怒られる回数も減ってきたが、たまにめちゃくちゃ怒られる。

 

昔は怒られた際、その原因が経験が浅い自分のミスだと自分でもわかっていたので、そのたびに凄い落ち込んで、対策を練ってきた。

 

しかし、最近は怒られても落ち込むというのはなくなってきている。

 

それはなぜか。

 

それは怒られるある結果に対して、その理由はわかるのだが、なぜその失敗という怒られる結果になったのか、すぐにはわからないことがあるからだ。これは出来事の原因が表面的なことではなく、奥深いところにあるからだと私は考えている。

 

先日の事件の原因は上司と私との情報の伝達ミスで起きた。

私の思い込みによって上司の伝えようとする意図を

別の意図と思い込んだというもの。

 

日常の例で例えると、、、

 

上司:いつものケーキをかってきてくれない?

 

私 :わかりました!いつものケーキっていつものでいいんですよね?

 

上司:いつものでいいよ。いつもので

 

私 :了解です!いつものケーキかってきます!

 

数分後・・・・

 

私 :いつものケーキ買ってきました!チョコレートケーキです!

 

上司:おい、なんでチョコレートケーキなんだ!?

   俺が食べているいる「いつものケーキ」はチーズケーキだろ!

   もう一回チーズケーキ買ってこい!

 

私 :さっき、いつものケーキと確認したのに。。。。

 

 

たぶん、こんな感じだと思う。ケーキという言葉で上司に確認したのに、

そのケーキがなんのケーキなのか確認しなかった。自分はチョコレートケーキ

と思い込んでいたが、上司はチーズケーキだった。これは、仕事だけでなく、

日常的なことでもよく友達のなにげない会話であったりする。その自分の

長年しみついた、相手に確認せずに思い込みで判断してしまう、また、

特定できていないあやふやな情報をそのまま鵜呑みにして次の行動にうつって

しまう習慣の延長線上にある気がする。

 

これは無意識のうちにやってしまうこと。この習慣、考え方を変えないかぎり

同じことを繰り返すだけ。

 

自分のよくない習慣

 

 ・わかっていないのにわかったふりをする

  →これが原因で、

 

 ・特定できていないあやふやな情報の確認せずに

  (疑問をもたずに)自分の思い込みで

  判断をしてしまう

           のだと思う。

   

ではどうやって、この無意識の習慣や考え方を直すことができるのか?

そして、そもそもなぜこんな習慣・考え方をするようになったのか?

 

おそらく、ある出来事に対して「疑問を持つ」という習慣が人より圧倒的

にない気がする。ケーキの例だと、

 

 ・いつものケーキってどんなケーキ?

 ・仕事またはプライベートによって食べるケーキは違うとしたら、

  あの場面で上司が言っているケーキは仕事の時に食べるいつものケーキなのか?

  それともプライベートのときなのか?

 

そもそも、この習慣はなぜしみついたのか?

なぜわかってないのにわかったふりをしてしまうのか?

この深層心理はなにか?

 

 

うーん、

 

今日はこの辺にしようか。

 

今日も一日楽しかった。

ありがとう!