こんにちは。渋谷 恵です。

 

1月にブログ開始から10年が経ちましたが、
引き続いて今日、
Facebook10年とTwitter7年になりました。
(Twitterは一時休止したので、実質2年ぐらいですが)


祝日だから記念になるようなことを、
と1つずつ増やしていったSNS。

始めた当時は顔出しが怖くて不安だったし、
文章を書くのも三行が精一杯。。。

そんなスタートでしたが、
OLを経ての事業、しかも地方在住だから
人との繋がりをとにかく増やしたくて
始めたのがきっかけ。

オンラインでの交流が当たり前になった今、
続けてきて本当に良かったです。


しかし、10年と一口に言っても、
ずっと右肩上がりだった訳ではありません。

多くの失敗を重ねてきたし、
今でも躓きの連続です。

そんな状態の私を受け止めてくれる
広い心の器を持った方たちのお陰で、
SNSも仕事も続けられています。


その方たちと一緒に過ごした時間や
出逢わせてくれた喜びを胸に、

日頃の感謝やお礼を込めて
皆さんの幸せや活動を応援し続けていきます。

 

 

 

 

こんにちは。渋谷 恵です。

 

以前からずっと気になっていた、
ニュージーランドの手作りコスメ
リンガリンガソープのスキンケアを購入。

はるばる海を越えて我が家に届き、
ただいま使用しています。


4月って、
心や身体のバランスを崩しやすい時期。

新たな環境に身を置いたり、

職場は変わらなくても
新しいプロジェクトが動き始めたり、

自分自身に変化はなくても
家族が新しい状況にあると
新しいリズムが家庭に刻まれ始めるから、

何らかの形で新しいことが
始まりやすい時なんです。


その新たな状況の影響で
長い緊張状態になってしまい、

心や身体の疲れが抜けなかったり
気持ちが落ち着かないなど、
自分のSOSに気付いてますか?


「こんなこと誰にも言えないな…」

「もう大人なんだから我慢しなきゃ」

と、心の声に蓋をし続けると
やがて大変な状態になってしまって、

1人ではどうにもならない…
なんてことが起きやすいのです。


つい無理をし続けたり、
人に甘えられない
心の内を吐露できない人にお勧めなのは
感情を解放してくれるアイテムを使うこと。

「心に使える化粧水」は、その1つ。
フラワーエッセンスという
植物のエネルギーが心に働きかけてくれます。

心のこわばりがほぐれていくと、
お肌も顔の表情も次第に柔らかくなって
生活のリズムや心の状態まで
変わってきます。


心を癒して、
自分を大切にしたり
自分を愛することから始めてくださいね。

 

 

 

 

こんにちは。渋谷 恵です。

 

人生のお手本となる
憧れの人。

あなたには
憧れの人がいますか?


私がとにかく憧れた人は
藤原美智子さん。

ヘアメイクアップアーティストの第一人者としても、
美意識のある生き方も好きでした。


藤原さんが出たテレビや雑誌を
欠かさずチェックして、
何度もメイクの練習をしたことが、

やがて
メイク業を目指すきっかけにも
なったのです。


その藤原さんが
42年に渡るヘアメイクアップアーティスト活動を
先日、修了されました。

憧れの人の幕引きは
寂しくもありますが、

人が変わることは
成長しているということ。

進化し続ける藤原さんを
引き続き応援していきます。

 

 

 

 

こんにちは、渋谷 恵です。

 

「心を整える化粧品」という
何とも惹かれるモノを買ったら、
パワーストーンがプレゼントに付いてきた✨

黒曜石は、
決断力を促し、困難を乗り越える
パワーを持った石。


お店の人は何気なく選んだかもしれないけど、
石のメッセージに勇気づけられ
石の存在が心の支えになる。

社会の授業以来で聞いた黒曜石
お守りのように身に付けて、
いろんなことを乗り越えていこう✨

 

 

 

 

こんにちは、渋谷恵です。

現在「私の起業ストーリー」を
連載中です。

 

今日は、その第9話です。

メイクのプロを目指す
インストラクター養成講座の入学試験は、
春の便りが無事に届きました。


インストラクター養成講座は
月に1度の土日2日間だったので、

仕事を終えた後に通っていた
メイクレッスン一般コースのような
「残業で通えないかも?」
という心配からは解放されたけど、

将来、講師としてやっていく技術や理論、
在り方までも求められる
厳しいものでした。


そして、宿題は毎月出題。
メイク技術を上げるために
デッサンの課題が次々と。

絵が苦手な私は
いつも1度で合格できなくて、
再提出の宿題が溜まる一方。

その上、デッサン1枚に数時間はかかるから、
時間のやりくりが大変で
何度も徹夜して描いたほどです。


自分の夢や目標がようやく見つかって
充実していたけど、
身体の休まらない日々を送っていたある日、

朝の通勤ラッシュ時に具合が悪くなり
車内で立っていられないくらいの状態に。

乗り換えの東京駅で少し休もうと
ホームに降りた途端、
倒れてしまいました。

目が覚めたのは駅長室。
しばらく休憩して会社へ出勤したけれど、
自分の仕事場なのに
そこで流れる空気は冷ややかでした。


しばらくして、
会社の所属部署の閉鎖が決まります。

異動か退職、どちらにするか決断を迫られ、
退職して実家へ帰ることにしました。

それは、美容の道だけでやっていく
という意味でもあります。

「メイクの仕事は、地方には無いよ」
という周りの冷たい言葉を振り切ったのは
家庭の事情があったから。

都心に居続けて仕事に恵まれても
家族への後ろめたさがあるなら、
きっと幸せじゃないと思ったのです。


美容を仕事にする厳しさや
起業を考えたことも
言葉さえも知らず、

東京・横浜の生活を3年半で終えて
実家の広島へ帰省したのです。

つづく