心は私たちに様々な体験をさせます。
嬉しいこともあれば悲しくて辛いこともある。
人生とはけっして平坦なものではない。
それはひとえに私たちの「心」によってもたらされた世界。
何も起こらないよりは何かが起こったほうがいい。
平坦な道よりもジェットコースターの方が楽しい。
でも、絶望に苛まれたとき、思ってしまう。
「平穏がいちばん」だと。
いったいなんで私の「心」はこんなに辛い体験をさせるのだろう。
いったいなんのために「こころ」は存在するのだろう。
この本はそんな疑問に一石を投じてくれます。
うらみわびの【この本がおもしろい!】
第36回。
前野隆司
『脳はなぜ「心」を作ったのか』
筑摩書房(2010)
「人間は主体的である」
は真実でない!?
目次
プロローグ 死んだら心はどうなるんだろう
第1章 「心」――もうわかっていることと、まだわからないこと
(1)心の五つの働き
心とはなんだろうか?
心の鍵は意識と無意識
(2)意識の三つの謎
心は脳に宿るのだろうか?
心はどこにある?
(3)<私>と「私」と「自分」の関係
「私」と<私>の違いとは?
前野隆司と前野隆司二号の違いとは?
なぜ<私>だけが<私>なのか?
(4)脳の無意識を担う「小人」たち
役割をこつこつとこなす小人たち
脳のバインディング問題とは?
(5)「私は生きているんだ!」という質感
「クオリア」とは何か?
クオリアは最大の謎か?
第2章 「私」は受動的――新しいパラダイム
(1)からだのどこまでが自分なのか?
シロアリの町内バクテリアはシロアリの一部か?
大腸菌は人間の一部か?
(2)脳=「私」、ではない!?
剣玉は自分の一部か?
小人たちから見ると仲も外も同じ
(3)目で見るのではなく、脳を見ている「私」
なぜ「赤いリンゴ」だとわかるのか?
私たちは「赤いリンゴ」という情報を見ている
(4)「私」ではなく、小人たちが考える
「私」は主体的に考えているか?
考えているのは「無意識」の小人たち
(5)喜怒哀楽も小人のいたずら
胸がキュンとするのも受動的?
笑った顔を作ってみると楽しい気分になる
(6)「意図」も主体的でない?
「よーい、ドン」と走り出すとき決意はすべての始まりか?
(7) 指を動かし始めたあとで、動かそうと意図する「私」
リベット博士の実験の衝撃
「私」は「意図」したと錯覚している
(8) 人は何のために錯覚するのか?
脳は空間を都合のいいようにひずませる
脳は時間のつじつまも合わせる
(9)心の地動説――地球は太陽にしたがい、「私」は「自分」にしたがう
「意識」するタイミングは錯覚
錯覚したほうが都合がいい
心の地動説
(10)川の下流にいる「私」
小人たちは多数決で決めている
ニューロンは使ったものほど発火する
結果だけを見て錯覚している「私」
第3章 人の心のたねあかし――意識の三つの謎を解く
(1)「私」は心を結びつけてはいない
心はバーチャルワールド
脳はバーチャルリアリティに近づけるか
(2)「私」は何のために存在するのか?
エピソード記憶ができないと不便?
「意識」はエピソード記憶のためにある
(3)自分のコピーを作ると<私>はどうなる?
前野隆司二号の中の<私>とは何なのか?
<私>の正体は無個性なクオリアの錯覚
(4)個性や創造性は心のどこが担うのか?
人の個性は小びとが担う
「私」はかやの外
(5)心の質感は何のために存在するのか?
クオリアについての三つの疑問
クオリアは何のためにある?
(6)心の質感はどのように表現されるのか?
クオリアと言語の違い
「コンピュータクオリア」の開発
(7)心の質感はどのように感じられるのか?
指先の感覚は錯覚としか考えようがない
生き生きとしたクオリアはみな錯覚
第4章 心の過去と未来――昆虫からロボットまで
(1)動物は心を持つか?
心を持つのは人間だけ?
霊長類は心を持たない?
(2)昆虫の気持ちになってみると!?
羽アリは痛いと感じるか?
昆虫の気持ちの味わい方
昆虫と人間の違いは?
(3)夢・催眠・超常現象・神秘体験の意味
人は何のために夢を見るのか?
脳が作り出す超常現象
(4)東洋的な世界観と受動的な「私」
「私」は生かされている
(5)永遠の命は可能か?
究極の選択
私たちが失いたくないのは<私>
人が死を恐れる理由とは?
<私>は永遠
(6)心を持ったロボットは作れる
心を持ったロボットを開発してもいいですか?
ロボットの個性は作りこめる
心を持ったロボットのメリット
心を持ったロボットの問題点
(7)人も動物もロボットも平等な社会
人類の歴史は富と権力の拡大の歴史
動物への人権拡大
ロボットへも人権拡大
素朴な自然崇拝の再来
第5章 補遺――「小びと」たちのしくみ
(1)コンピュータと脳は同じか?
「小人」はニューラルネットワーク
コンピュータも脳も1+1を繰り返す計算機
脳がコンピュータよりもすごいところ
(2)ニューラルネットワークは万能コンピュータ?
階層型ニューラルネットワークの計算のしくみ
ニューラルネットワークにソフトはない
(3)フィードバックとフィードフォア―ド
フィードバック制御のしくみ
フィードフォア―ド制御のしくみ
(4)フィードフォア―ドモデルの学び方
なぜこぶを乗り越えられるようになるのか?
(5)順モデルによる脳内イメージと思考
練習しなくても上手になる方法
行動の三つの方法
心はニューラルネットワークで表現できる
エピローグ <私>は死なないんだ
参考文献
文庫版あとがき
解説 私はどこにいるか (夢枕獏)
「心」は脳が作り出している!?
筆者いわく、心は脳がつくりだした幻影なのだとか。
つまり、私たちが主体的に物事を「決断」し、「行って」いるという”感覚”は脳が私たちに見せる錯覚である、という。
私たちがときに嬉しく思い、ときに悲しく感じるのはどうしてか。
それは私たちの脳内が決定づけているのである。
さらに筆者は、「私」という存在すら脳が見せる幻影である、とまで主張する。
筆者は過去の文献を引き合いに、私たちの脳内には”脳内の小人”が存在する、と説明する。
私たちの感情・感覚・決断は全てこの”脳内の小人”が担っている。
「私」はその結果の傍観者にほかならない。
ではなぜ、脳は「私」という存在を主体的であるように作り出したのか。
なぜ、脳は「心」を作り出したのか。
本書で筆者は脳が「必要だから」作り出した、と結論付ける。
さらに発展して、「心」をもったロボットは作れるのか、という疑問を投げかける。
「心」の概観から起源、次世代の「心」の在り方までを説いた守備範囲の広い本。
異色の研究者
本書の著者である前野隆司さんは慶應義塾大学大学院の教授をされており、専門は工学。そこからロボットと人間との共存や幸福学など幅広い分野を研究されています。まさに異色の研究者。
私が前野さんの著書を読むきっかけになったのは本人の書いているブログでした。
そこでは、組織での”働き方”をテーマにした公演の内容が書かれていて、とても共感でき、勉強になったのを覚えています。
幸福学ひとつとっても、とても説得力ある考えをお持ちの方です。
もっと楽に生きられる
この本を読んだ感想です。
私はこれまで自身が『私』としてしっかりしなければ、と思いながら生きてきました。
その結果、思うようにいかない私の行動・考え方に「これじゃだめだ」と焦りを覚えてきました。
しかし、本書は主張します。『私』という一見主体的な存在すら脳が見せる幻である、と。
『私』という存在が幻ならば、それはとるにたらないちっぽけな存在なのか。
「そうではない」と本書は続けます。
それが私にとっての救いでした。
なぜ、脳は幻の主体的な『私』をつくったのか。
それは私が人生を生きやすいようにするためなんだ、と。
この本は、そんな人生観に新たな知見を与えてくれる本でもあります。
今日の一曲♪
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