文化系寄り道倶楽部 -54ページ目

文化系寄り道倶楽部

アラフォーで2児のパパであり、80年代の音楽をこよなく愛し、ガンプラを愛で、パソコンをいじくり倒し、台所を妻から奪い取り、キングの小説におびえ、究極超人あ~るで笑いころげ、夜な夜なUST配信をしている

 色というのは不思議ですよね

 言うなればそれは単なる視覚情報なのですが、しかし、色にはしっかりとした存在理由がある。

 自然の中の様々な色は、実に機能的である

 逆に言えば創造物に囲まれた人間界は、効率や用途に重きを置いて作られたものや社会のルールによって作られたものには、色本来の存在理由とは全く違う使われ方をしている

 意味のない色は、すなわち存在しないのも同じ?

 彼女、南里夕子の見る世界は灰色の世界

 さて、あなたの見る世界は、どんな色でしょか?




『夢追い人~別の夢、別の夏』第1章⑥ 逃げ道



 家から駅までは歩いて10分。自転車は持っているけど通勤にはめったに使わない。スーツやコートを着て自転車に乗るのは好きじゃない。それに、わたし、あまり自転車の運転は得意じゃない。

 子供の頃から運動は得意じゃなかった。自転車が乗れるようになったのも小学校を卒業した春休みのことだったし、25メートルを泳げたのは、試験のときくらいしか記憶にない。運動会では決まってビリか、その次だった。

「危ない、そっちはダメって思うとそっちにいっちゃうのよねぇー」
 合コンに誘われて、言っては見たものの、そんな風に可愛く自分を表現することはできなかった。わたしにとって、できないこと、苦手なことはすなわち『隠したいこと』であり、弱さを武器になどという発想は全くなかった。正直、嫉妬した。

「わたし、なににもできないから……」
 自分をアピールすることは苦手だったし、人に注目されるのもイヤだった。好きなアイドルがいても誰かと一緒にその話題で盛り上がることはできなかった。だってわたしの中のイメージを壊されたくない。犯されたくない。

 わたしはいつでも自分の逃げ道を作って、そしてそこに隠れて怯えながら生きてきた。それは今でも変わらない。世の中との心の摩擦は妄想という逃げ道によって、どうにかここまで生きてきた。でもそれも限界なのかもしれない。

 なんでもない駅までも道のりが、妙にグニャグニャした風景に見える。夢と現実の区別がつかなくなっている。

「もう、こんな風になってしまって、わたしったら、もうダメね」

 でも、それはいい。今は問題じゃない。いや、大きな問題ね。

 もしも自分がまともなら、きっとこんなに冷静じゃいられないはずよ。こうして一人で歩いていると勝手に妄想のスイッチが入るようになってるのかしら?いや、だから、もともじゃない、いや、まともなの、まともなフリをしているの、わからない気が狂いそうだわ、ちがう、最初から狂っているの。

「デジャブというのはもう少しぼんやりとしたもののほずよ」
 わたしは勝手にそう決め付けるしかなかった。そうするしかなかったし、それはどうでもよかった。夢の中の記憶と、今こうして歩いている街並みが同じだからといって、それだけではデジャブとはいえない。風景と体験、行動が一致しなければそれは何の変哲もない日常的な夢。そんなことをいちいち気にしてはいられない。でもどこかおかしいと感じている。いや、そのこと事態が、今この瞬間がデジャブ?

「イヤねぇ!どづしちゃったのかしら!わたしったら」
 私は仕方なしに走りだした。駅まではあと100メートル、いや200メートルか。ともかく一目散に駅へと走り、やっとの思いで駅のホームにたどり着いた。現実逃避……ちがう、妄想からの逃避。やっとたどり着いた。いつもどおりの現実。大丈夫。もう大丈夫よ。

 私はまだ心に引っかかっている違和感を置き去りにして、朝のラッシュの中で少しずつ、本来の自分を取り戻していった。

「この息苦しい世界こそ、わたしにとっての現実の世界なのよ」 
 気持ちよく朝を迎えたことなんて、思い出せないくらい昔の話。大丈夫、でも大丈夫。今までうまくやってきたじゃない。やればできる子。そうよ、わたしったら本当は……危うくまた妄想の世界に入りそうになったが、加齢臭、通勤列車の独特のオヤジ臭に我を取り戻した。まったく情けない。情けないが……

 南里は気がついた。言い知れぬほどの違和感。なぜかはわからないが自分の中には確かにそれはある。いったい何が気になっているのかはわからないが妙なざらつきがわたしの肌にまとわりついている。まるでそれは着慣れない服を着たときのような、そう、他人の下着を身につけたような悪寒のする感覚であり、皮膚の何層か下のところでおきている痒み――まるで小さな虫が身体の中を這い回るような狂気。

 今までは妄想こそがわたしの灰色の人生、つまらない現実からの逃げ道だったのに、その妄想が現実に犯されそうになっている。そんな気がしてならない。

 窓から見える景色はなんら昨日と変わらないはずなのに、南里の目にはどこか違って見えた。

「いったい誰がこんなことしたの?街中のビルが灰色に塗りつぶされているわ」

 夢の中も現実の中も何里の世界は色あせていった。だが、南里夕子がそのことに恐怖するのはそれから数日経ってからのことであった。




つづく
こんなに安心してみていられる日本代表は・・・久しいというよりも記憶にない!

いろいろあったけど、負ける気がしなかった

これってすごいこと


どんなに苦しい場面でも絶対何とかなると信じることができたし……





あー、そうそう


これってサッカー日本代表の話ね


素晴らしい指揮官を招聘できたと思う

もし、あの場に萌(細貝)ちゃんがいなかったら結果は違っていただろう

でも、偶然じゃなく、香川に変えて萌ちゃんという選択は、なかなかすごいと思うな
 普段自転車や車で移動しているところを徒歩で散策してみるとそれまでには見えてこなかったいろんなものが見える事がある。ちょっとした生活のスピードアップが人間の視野からいろんなものを奪ってるんだということがよくわかる。

 「人間」と言う生き物は、実に精巧に、そして巧妙にできていて、必要に応じて五感から得られる情報量を制御し、高速で移動するときには目から入ってくる情報量を抑えることでまるでゲームのワイヤーフレームの画面のように脳の中で処理をし、神経を移動時の衝突や効率的な軌道修正を行うことができる。

 多分夢の中も感覚でいろんなものがたらえれれているので実際のディティールはかなりいい加減なもので、張りぼての学芸会みたいになっているよな気がする。しかしときにおどろほどに精巧に再現されている夢を見る事がある。いや、見た気持ちになっているだけで、実際には見ていない。思い返すことで、それは記憶が勝手に再構築されているだけではないか?


夢は、目が覚めた瞬間にもう、原型をとどめることは不可能なのかもしれません

昨日は、どんな夢を見ましたか?





『夢追い人~別の夢、別の夏』第1章⑤ 脱出


 家から駅までは歩いて10分。自転車を使っていたこともあったが、少しばかり体重が増えてきたことを気にしだした頃に、「ちょうど」と言っていいのかどうか、或いはやはり、単なる偶然、そして確率論の問題なのか、5年間乗り続けていた自転車が盗まれてしまった。盗難届けを出す気にもなれない。うっかりカギをかけ忘れたのは自分なのだから。
「この街でカギをかけずに自転車を止めるって言うのは、どうぞ盗んでくださいっていうぐらいなもんさ!」

 自分の住んでいる街を説明するのに何度かそんな表現をした事がある。別に表に見えて治安が悪い街だとは思わない。人が多いのだ。ピッキングや車上荒らしの件数は近隣の地域ではトップである。不名誉な記録ではあるが物騒な事件――傷害事件や暴行事件などはあまり耳にしない。耳にしないだけで、ないということはないだろうが、テレビのニュースに取り上げられるようなことは、少なくともここ数年はなかったように思える。

 自転車と徒歩でそれほど移動時間が変わるわけではない。しかし、劇的に変わる事がある。それは風景である。自転車に乗って走る街中と自分の足で歩いて見える街中では、目線の高さ、細い路地の小さな闇、街の雑踏が全く違うものになる。

「へぇ、こんなところにこんなお店があったんだ」

 自転車で通勤していたときには気付かなかった飲食店、或いは狭い路地にひっそりと暮らす野良猫たち、コンビニの前でたむろをしている少女たちの笑い声、路地の植え込みに力強く咲いているタンポポの花。少し目線が変わるだけで、街の風景はがらりと変わった。

 だが、それはいい。今は問題じゃない。いや、大きな問題だ。

 もしも自分が未だに自転車を使っていたら、こんなに苦しまずにすんだのかもしれない。夢の記憶名断片は、街中のいたるところに無作為に放置され、数メートル歩くたびにまるで衝撃のように私の頭を襲う。気が狂いそうだ。

「デジャブというのはもう少しぼんやりとしたもんだろう」
 私は勝手にそう決め付けた。そうするしかなかったし、それはどうでもよかった。ただ問題は、記憶とともに襲ってくる衝撃、いや衝動、いやなんだかわからない気持ちの高ぶり、そして嗚咽。

「くそう!なんだんだ!まったく」
 私は仕方なしに走り出した。駅まではあと100メートル、いや200メートルか。ともかく一目散に駅へと走り、やっとの思いで駅のホームにたどり着いた。安全地帯……やっと一息ついた。いつもどおりの風景。大丈夫。もう大丈夫だ。

 私はまだ時々襲ってくる嗚咽をどうにかこらえながら、朝のラッシュの中で少しずつ、本来の自分を取り戻していった。

「この息苦しい世界こそ、俺にとっての安息の場所なのかよ」 
 思いっきりの皮肉を追い詰められた精神状態の中から紡ぎ出す。大丈夫、もう大丈夫だ。いまなら、そう、冷静に考えられる。やればできるじゃないか。そうだとも、俺は冷静さ、夢ごときに日常を脅かされて、まったく情けない。情けないが……

 北村は気がついた。言い知れぬほどの高揚感の後の余韻がある。なぜかはわからないが自分の中には確かにそれはある。いったい何をなしえたのかはわからないが妙な達成感がフツフツと沸いてくるのがわかった。まるでそれは悪夢というプールの中を潜水で泳ぎきったかのような達成感であり、一人でいると自我が確認できずに崩壊していく様を、ぎりぎりのところで持ちこたえたような狂気からの回避――しかしそれは生きている限り、決して逃れることのできない定めでもあり、タイトロープのほんの一瞬の休憩場所にたどり着いただけに過ぎない。

 満員電車が、なんら普段と変わらぬ日常への入り口、或いは悪夢からの脱出口であると北村が思うようになるのは、それから数日経ってからのことである。





つづく
サスペンスホラー『夢追い人~』は主人公男女2人の別々の視点、別々の夢の世界が絡まり、非日常の世界へといざなう物語です

ワタシはかつて不思議な体験をした事があります。自分が見た夢に出てきた女性が同じ日に私が夢に出てきたというのです。いろいろと話を聞くと、非常に良く似たシチュエーション、まるで夢の中で2人があっていたような、そんな内容でした。

さて?はたしてそんなことはあるのでしょか?
だって、片方がなんとなく話をあわせると、そんな話はなんとなく出来上がってしまいます
でも、だからこそ、それは非日常の入り口であり、そこをもう少し掘り下げて、あれこれ詮索しだすと、たぶん後戻りできないような「恐ろしい世界」に足を踏み入れてしまうのかもしれません

さて、もう一人の主人公、南里夕子は、非日常の入り口にどうやって入っていったのでしょうか?




『夢追い人~別の夢、別の夏』第1章④ モノクロのデジャブ



 そういえば最近、夢に色が着いてないみたい。南里は化粧をしながら、昨夜見た夢のことを思い出そうとしていた。

「少し肌が荒れてきたかしら」

 鏡の中の自分を見つめる。タバコを吸い始めてからというもの、体重は少し落ちたが肌の質感が変わった気がする。それとも単に年齢の問題なのか、ストレスなのか……

 「まいったなぁ、もう、ボロボロじゃないの」
 苛立ちを隠せない。だが、今更何をどうかえようとも良い変化が望めるとは思えなかった。
「出世を諦めたサラリーマンと結婚を諦めたOL、どっちが不幸なんだろう・」
 どっちが幸せなんだろう?と考えられないところが、自分の悪いところだとわかっていても、帰ることなんかできない――どうせ私が悪いんだから。

 だが、考えるのをやめようと思っても、それは自分の頭の中に鮮明な記憶として確かに残っており、無秩序にその記憶は再生されるのである。確実にわかること、それは今まで何度も変えようと思ったけど、最後には同じ場所に戻ってしまう。せめて夢の中だけは色鮮やかな人生を送りたいと思っていたのに、それすらもままならなくなってきている。しかも見る夢の内容までマンネリ化しているような気が……ふと、一つの疑問が頭をよぎる。

「あれは誰の悲鳴?」

 昨日見た夢の断片から一つのシナリオを構成してみたとき、南里は一つの疑問にぶち当たった。

「襲われていたのは私なのに、最後の悲鳴は私じゃないみたい。じゃぁ、いったい誰なの?」

 気がつけばいつもの時間よりも5分支度が遅れている。
「いっけない。もうこんな時間だわ。夢なんてもう、どうでもいいわ」
 南里はことさら自分のことには興味がなかった。しかも色彩が失われた自分の夢のことなど、考えたくもなかった。いや、むしろ自分のことを知れば知るほど自分がイヤになる。それが怖くてたまらなかった。だからきっと、あんな夢を見るに違いない。誰かに襲われて殺されそうになるなんて……

 南里はできるだけ自分のことについて考えるのをやめようと心がけ、目に映るもの、耳に聞こえてくるものをできる限り意識して、ほかの事を考えようと思った。が、しかし、その行為は見事に失敗をした。

 玄関を開けると、夢に関連する風景が次から次へと目に飛び込んできた。

「あれってやっぱり、この近所の夢なのか……」

 南里は夢の続きとも現実とも区別のつかない世界に脚を踏み入れてしまった。


つづく
1050円

チケットを買って渋谷に見に行けば6000円するライブ

それがUSTの有料配信だと1050円でしかも再放送を含め、3回見れるというのはすごくリーズナブル

YAMAHAの渋谷店が昨年暮れに閉店になり、ここを利用した多くのミュージシャンがその偉業を讃えてコンサートを開くことになりました

考えられないような日本を代表するミュージシャンたちの競演

圧巻なのは歴代のシンセサイザーが勢ぞろいして演奏するYMOの名曲ビハインド・ザ・マスク

アナログシンセからヤマハの名機 DX7、DX5 そして最新のシンセやショルキーまで、そりゃキーボード好きにはたまらない演奏です


しかも、いまこの時間、リハーサル風景をダダ漏れUST中


いや、マジ、仕事になんないっすw


http://www.ustream.tv/channel/sysc#utm_campaign=twitter.com&utm_source=6728415&utm_medium=social