文化系寄り道倶楽部 -48ページ目

文化系寄り道倶楽部

アラフォーで2児のパパであり、80年代の音楽をこよなく愛し、ガンプラを愛で、パソコンをいじくり倒し、台所を妻から奪い取り、キングの小説におびえ、究極超人あ~るで笑いころげ、夜な夜なUST配信をしている

口では、或いは他人には、「平常心」とか「日常も大事」とかそういうことを言うのだけれど

やはり、世の中は変わってしまった

パラダイムシフトとは、本当に こういうことなんだと思う

9.11がそうであったように、ボクら日本人はもう3.11よりも前には戻れない


いや、ちょっと待て?


本当にそうなのか?


今回の震災の規模は、それは人類の歴史の中でも経験がないような未曾有の災害


でも、街が焼け、尊い人命が失われた場面は、決して今回が初めてじゃない


関東で言えば、今の繁栄は、関東大震災、東京大空襲を乗り越えた上に成り立っている


でも、堅いコンクリートに埋められてしまった悲しみや恐怖の記憶はやがて薄れていく



ここからが本題


つまり、3.11には3.11の正しい判断、3.12には3.12、3.17には3.17の正しい判断があるってこと

昨日正しかったことが今日正しいとは限らない


だから、脊髄反射的に今の情報に反応していてはいけないということ


今日間違っていたことは、明日正しいことになることもある


ツイッターがよいところは、脊髄反射的な情報の広がりである

これは大いに利用すべきだ


しかし、それを読んだ人間が 脊髄反射的に行動したら、世の中は混乱するばかりである


批判や非難、賞賛や賛辞は、時と場所と、そして言葉を選び、社会に波紋の中で複雑に広がる

情報にはなんらかのベクトルがかかっていることが多い

しかもそれは、発信したものの意図とは必ずしも一致しない形で広まるのが情報でる




批判するための批判、非難するための非難に脊髄反射的に反応することは もうやめよう



効率を上げる、よりよい成果を挙げるための批判であり、非難はすべきだ

脊髄反射は大事だ。だけど、なぜそれに自分が反応したのかをじっくり考えて欲しい

そして批判、非難をした結果、どう改善されることを望んでいるのか


それをじっくり考えてから発言をしよう


そうすれば、罵倒を浴びせるよりも、がんばれ!

といったほうが、成果が上がる事だってあると気づくはず


しかし、そうではない、許されないような行為も世の中にはたくさんある

一度、飲み込んだ言葉を、じっくり吟味してからでも、それは間に合うし、より強烈な叱咤の言葉を思いつくかもしれない


だからどうか、それを見極める余裕を心に作って欲しい




と、ここまでです


本来は創作活動を再開しようと思ったのだけれど、パラダイムシフトはこういう形で現れる

登場人物の行動原理 価値観が変わるような恐怖や悲しみの後に 人はどうなるのか?

そこをじっくりと煮詰めてから、執筆活動を再開しようと思う
物書きとして、今の気持ちを言葉にしてみた

それを詩というのなら、そうなのかもしれないけど
それをマネゴトというなら、そうかもしれないけど
でも、ワタシは、書かずにはいられない



『理不尽な神様に捧げる花』


被災にあわれ、今なお苦しんでいる方に、救援物資意を送ったり、献血に行ったり、募金をしたり

人は遠くで困っている誰かを放ってはおけない

だから人は愛しい


一方で


街中のスーパーから水や米、食料、乾電池など、様々な商品が売り場の棚からなくなってしまう

自分がひとつ買うのを我慢すれば、誰か一人に渡るのに、でも、やはり不安から人はそれを我慢できない

人は近くで困っている人が見えなくなることがある


だから人は憎まれてしまう


でも


そんな自分を責めないで

財布からお金を出して、愛を与えるのもあなただし

財布からお金を出して、憎しみを買うのもあなた


でも、あなたは愛されているからこそ存在しているし

憎まれるからこそ、存在している


いつか、その手がとまり、誰かに譲ることが出来るようになる

今は、まだ、それが出来ないだけ


あなたはきっと目にするだろう

あなたよりもはやく来ることが出来なかったために、一切れのパンを買えなかった人の悲しい目を

あなたはきっと、その悲しみのひとかけらを持ち帰るだろう


持ち帰った『悲しみ』の種から、やがて『ちいさな疑問』が芽生える。

そしてあなたの心にしっかりとした根をはり、
安らぎを養分にして、無視できない大きさまで育つだろう。


大きな葉は暖かい光を感じ冷たい風に絶え、

やがて準備が調う


時が来ればつぼみは開き、きっとやさしさという花を咲かせるだろう

その花の美しさにたくさんのミツバチが集まってきて、

『いたわり』という実を結ぶだろう

そして、それは種となり

やがて世の中にあふれるはず

それぞれが違う成長をするから

今はそれをゆっくりと待とうじゃないか


もしも見上げた空に、神様という理不尽な存在がいるとするなら

きっと、その花を見て、少しは心を和ませて

みんなに幸せを分けてくれるかもしれない

それが叶うまで

今はゆっくりと 待とうじゃないか

ボクらはあと、どれだけの罪を犯さなければならないのか

ボクらはあと、どれだけ誰かを傷つけなければならないのか

そしてそれに見合うだけの何かを得られるというのだろうか

もしも見え上げた空に、神様という理不尽な存在がいるとするなら

それでもボクらは花を咲かせる

それでもボクらは実を結ぶ

大地に根を張り、空を見上げ、理不尽な神様に花を捧げる
「原発事故が起こったら」の項目を転記します。

「室内にとどまる指示が出たら」 → 

「ドアや窓を完全に閉める」
「換気扇などを止める」
「帰宅時に顔や手を洗う」
「食品にふたやラップをかける」
「防災行政無線などで正しい情報を」



「コンクリート屋内にとどまるか、避難の指示が出たら」 → 

「マスクや外衣を着用し、持ち物は最小限に」
「フード付きコートなど、肌をさらさない服装」
「徒歩で集まり、係員の指示に従う」
「必要に応じてヨウ素剤を服用」
妻は、ケーキのことを気にかけていた

店に行ってもだめかなぁ

それは妻と結婚して、さて何回目だったか?

祝った数なら7~8回を超えてないのだが、実際にはたぶん11回目の結婚記念日

そして妻の30と何回目かの誕生日

思えば自分が経理の仕事などしていたものだから、年度末などというものは基本的に忙しく、ホワイトデーのお返しを女子社員には忘れなくとも、実は何度か忘れたことがある

いや、本当に申し訳ない


こんなのときに、ケーキのことを気にするのかよ

と、俺を笑わせてくれるのは、まぁ、なんとも頼もしいことだ

非日常の中で、日常を取り戻すまでには、まだまだ時間がかかる

でも、一日の中でひと時でも、日常を取り戻すことは、人間としてやはり、必要なことだろう

母は強し  なのか  妻は恐ろしい  のか 或いはパーソナリティの問題なのかはわからんが、まぁ、こんな妻でよかった


いや、本当に申し訳ない



さて、驚いたことに今まで知らなかったのだ

自分が大好きなアーチストの誕生日が、妻の誕生日であり、結婚記念日だったことを

それは佐野元春というアーチストなのだが、彼はこの誕生日のタイミングで東京でライブの予定があったのだが、それは当然にキャンセルされた

そして、彼はこのようなコメントと共に詩をサイトに掲載した



このたびの、東北地方太平洋沖地震で被災されたみなさまに心からお見舞い申し上げます。
一刻も早い復興がなされること、全国のファンのみなさんが無事であることをお祈り申し上げます。

3月12日、13日に予定していた東京公演は、地震による被害の状況を踏まえ、公演を見合わせなければならなくなりました。

また日を改めて、みなさんと会いたいと思います。

佐野元春


それを「希望」と名づけよう
佐野元春

http://www.moto.co.jp/


胸打たれた

え?佐野元春の誕生日って妻と一緒なのか!

いやいやそこじゃなくて

もちろんこれにはいろんな意見があるかもしれない
でも、自分は元春の言いたいことに賛同する

そして、


はじめて妻を羨ましいと思ったw

誕生日おめでとう
皆さんご無事ですか?

ワタシは地震が起きた際、仕事で世田谷は豪徳寺まで行っていました

あ、また余震……

その場ではあまり何がどうなっているのか、情報が断片的だったのでわからなかったのですが、

携帯電話が通じない
交通機関の麻痺
情報の不足

に伴い、仕事で外出している人が指令系統、移動手段を失い、僅かでも可能性のある選択肢に集まるようになります

公衆電話に並ぶ
タクシー乗り場に並ぶ
バス乗り場に並ぶ
主要な交通機関がある駅に集まる


こうして都内の機能は一気に麻痺状態になりました


そんな中で、ワタシが見たもの

我先と人を押しのけて先を進むもの
誰かを気遣い、ともにこの場を耐えしのごうとするもの
ただ黙して何も語らず、何も見ないもの
すべての情報に脊髄反射し、何も考えないもの
助けを求めるもの
手を差し伸べるもの

ワタシはこの光景を忘れない
非日常の入り口は、必ずしも自らが開けるものではない
突然放り込まれた非日常は様々な風景を見せる

ワタシはこの光景を忘れない
人は万能でもなければ、性善説は通用しないし、性悪説は信じられない
しかし、そこに自然と善は存在し、普通に悪は存在する

ワタシはこの光景を忘れない
この殺伐とした空気の中の、どこか心温まる人のやさしさを
この思いやりの連鎖を断ち切るような、どうしようもないエゴを

ワタシは忘れない
家族と連絡が取れない不安

ワタシは忘れない
家族に会えたときの安らぎ

ワタシは忘れない
ワタシの体験が特別なことではないことを
そして、テレビ向こう側は、同じ陸でつながり、同じ風が吹いていることを

ワタシは忘れない
まだ、一度もあったこともない方とのつながりに、心励まされたことを

ワタシは、忘れない