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文化系寄り道倶楽部

アラフォーで2児のパパであり、80年代の音楽をこよなく愛し、ガンプラを愛で、パソコンをいじくり倒し、台所を妻から奪い取り、キングの小説におびえ、究極超人あ~るで笑いころげ、夜な夜なUST配信をしている

天災というどうしようもない、防ぐことのできない被害

いや、あれは人災だった

しかし、その議論はまだまだ先だ

これから起きることに備えなければならない


すでにニュースにもなっているが、被災地での空き巣の被害に、憤りを感じる人も多いと思う

しかし、もしその犯人が被災者だったらどうだろう

義捐金を受け取る詐欺が起きるかもしれない

しかし、それも被災者もいれば、直接被災しなくても、風評被害、経済の混乱による被害者かもしれない


それをどうするのか

今から備えなければならない



何が許されることなのか、何が許されないことなのか

みんなで備えなければならない

でも、ワタシには、どう備えればいいのかわからない


穏やかでいればいいのか

ヒステリックになればいいのか

正しいことをなせばいいのか

正しくないことを見逃せばいいのか

ワタシにはわからない
シュレーディンガーの猫という話を、ご存知だろうか?

物理学のかなの量子論・・・と聞いただけで逃げた人、大丈夫ですよ
そんなに難しい話ではありませんからw

箱の中に猫を入れる

その中には猫が死んでしまうような装置が一緒に入っている

その装置は50%の確率で猫を死に至らしめるが、あと半分の確率で猫は生存する

この箱の中の状態は「猫が死んでいること」と「猫が生存していること」の両方が存在し、つまりは半分死んでいる猫と半分生きている猫が重なり合った状態

そして、それは箱を開けてみた瞬間に、観測によって死んでいる猫か生きている猫に変化する

これはかなり極解なので詳しくは、wikiなど参照して欲しい

http://p.tl/SHRX


つまり、何が言いたいか?


福島原発はこの状態

安定した状態と不安定な状態が重なり合っている

安定=安全 不安定=危険 で置き換えれば

安全と危険が重なり合った状態で、目で確認した瞬間に、どちらかに変化する


あの中で何が起きているのか?
誰も確認できない以上、報道(=観測)は常に危険半分安全半分の状態であるはずなのだが、どうだろう?そんな風に、みんなの耳には伝わっているかな?


大事なことはこの「危険」と「安全」の区切りは、条件によって大きく変わること
風向き一つで変わる状態を指して、果たしてなんと表現するべきか、きっと誰にもわからない

わからないことは怖い


怖いから恐れ、怯える


その素直な感覚は常に正しい

なぜならボクらは生きているから

生きているから死ぬのが怖い

つまり、死に繋がることは、何でも怖く思える

高いところ、狭いところ、深いところ、熱いところ、寒いところ

でも直感にまかせて行動すると危険
バランスを崩す、呼吸が激しくなる、もがく、慌てる

放射能の怖いところは五感ではなにも恐怖を感じないこと

だから、情報を確認し、論理的に分析して、慎重に行動すればいい

その時間はあるという意味での安全くらいは、保障されている状態だと信じたい


そして、昨日正しかった事が、今日、そして明日、正しいとは限らない

ということも、同時に強く言いたい
「原発は現状維持」最多46% 読売の世論調査

http://www.j-cast.com/2011/04/04092123.html

さて、電話によるアンケート調査ということなのだが、これって、どうなのだろう

現状維持とか、応えている人に、今、稼動している原発が何基あって、どういう問題を抱えているかとか、そういう情報のない状態でのアンケートの何の意味があるのか疑問

テレビ局や新聞各紙は、はたしてそのような役割をこれまでに果たしてきたのか?

東電との記者会見で露呈した、質問する側も、さえる側も、まったくちんぷんかんぷんという事態のなかでのアンケート

これはミスリードを引き起こそうとしているに違いないと、そう思うのは過剰な反応だろうか?


日本の国土の中で、被災し、電話が通じない人々へのアンケートは、最初から除外されている数字に、どれだけの信憑性があるのかと

そういう反発を、ものともしない、堂々とした態度に嫌悪感を覚えるのは、小数なのだろうか?



原発は借金と同じだ

今はそれによって産業の発展の推進力になる

だけど、いつかどこかで、この借金を返さなければならない日が来る

それは、ボクらではなく、ボクらの子供たち、さらにそのあと何世代にもわたる。

そんなことを続けていいはずがないという直感的感情を凌駕するほどの論理的客観性の存在をボクは信じない

それは人ではないだろう
100億円寄付

そのことがニュース的には選考してるけど、金額の問題じゃなくて決断、行動の迅速さこそ賞賛されるべき

昨日の夜USTなどで、「田原総一郎×孫正義 対談 ~東日本大震災について~」をやっていたのをずっと見ていた。

福島原発で何が起きているのか、どんな可能性があるのか、どこが問題なのか

とてもフラットな解説でわかりやすかった。

危険、危険というのも風評被害だけど、大丈夫だ、安全だというのも、場合によって取り返しの付かないような風評被害になること、みんな心の中ではうすうす感じているけど、ここまで明確にそれを大勢の前で主張したのは、この番組が初めてじゃなかっただろうか

買占め、或いは放射能汚染された水、食べ物については、確かに過剰に心配しすぎているところはあると思う。でも大事なことはリスクの正確な評価である。

リスクを0に出来るのであれば、それに越したことはないけど、現実的に無理なこと、コストが合わないことがある。だから、最悪こういう危険がある。その可能性は通常の条件下ではこの程度である。

といった情報が欲しいのに、マスメディアの報道には一定の事実、一定の推測が語られるが、実は肝心なことが欠如していることが多い

それはなぜか?


原発の問題は、実は技術的な危険性とかそういうことよりも、「原発村」ともいえるコミュニティが存在し、経済界、政界はそれと無縁でない。さらに言えばマスコミもそうなのである。

東京電力をはじめ、原子力発電を推進する「原発村」は放送界にもしっかりと根付いている。

ACの理事の構成をみると、それはもう明白である。

孫氏は、実際にガイガーカウンターをもって震災から2週間後(立ったと思う)、被災地に訪れ、30k内周辺の様子を実際に見ている。ガイガーカウンタが鳴り響く中、屋内退避と言われている地域で、実際に外で子供たちが遊んでいる姿を目にして、必死で親御さんに説得したそうだ。

大人ならともかく、子供たちにはどんな影響があるかわからない、どうかここから避難して欲しい

それは心配しすぎだ

と言う人もいるかもしれない

それは売名行為だ

という人もいるかもしれない

原発を否定するなら、その代替案を出すべきだ

という人もいるかもしれない


はたして本当にそうだろうか?

はたしで、心配しすぎだろうか
心配ないという根拠は?

はたして、売名行為だろうか
孫氏にその必要はもうないのでは?

はたして、代替案を出すのは反対派の仕事だろうか?


水俣病をはじめ、高度成長期の公害問題の推移を考えても、それはおかしいだろうと、思うのだが
教育とは、そういうものではないのか?
すくなくとも、ボクは学校で公害はいけないことだと習ったし、仕方がないことと習った記憶はない
光化学スモックのサイレンが鳴るたびに、友達が涙を流しながら苦しんでいる姿を見ながら育った僕らには、感覚的にわかるはずだ。


喉もと過ぎれば暑さ忘れる

でも、放射能は、熱くもないし、苦くもないし、痛くもないし、臭くもない

目に見えない恐怖なんだよ

ガイガーカウンターをつけた人じゃないと、それがあるかどうかわからないんだよ

子供が拾ってきた小さな欠片が、どれだけ危険なものなのか
誰も気づくことが出来ないんだよ


そういうことを力強く訴える孫氏の言葉は、一連の震災報道の中でもひときわボクのこころに突き刺さる

今東京でどう過ごすべきかということと、原発の近くに逃げることも出来ないでいる人(物理的、精神的、そして情報が不足による)に、今必要な処置を行うことに、なんら迷うう必要はないと思う



原発にたよらない社会システムの構築は頭ごなしにできないと否定する空気はどうにも胡散臭い
そんなものに負けないために、孫氏が取った巨額の寄付をするという行動は実に戦略的でインパクトがある。ソーラパネルの問題点を並べあつらえるよりも、どうすれば整合性が取れるかを考えるべきだというシンプルな思考にならないのは、いったいどういう思考回路なのか

これは過ぎたことでも終わったことでもなんでもない、今そこにある危機であり、原発が存在する限り約束されたリスクであることを、もう一度じっくり考える必要がある

地球も、そのくらいの猶予は与えてくれるだろう


孫氏のような行動の、ほんの一部でも、今世の中を動かしている様々な人たちに持って欲しい
人心をつかむような決断と行動は、目線を変えれば誰にでも出来るはずだと信じたい
マービン・ゲイ(1939-1984)の命日

ワタシはマービン・ゲイはグラミーショーを取った『Midnight Love』くらいしか知らない
でも、そのあまりにも悲劇的な最後は、どうしても頭から離れない
4月2日の誕生日を前に、口論の末実の父親の凶弾に倒れる

マービン・ゲイといえば、まずはこの曲だろうか



過日、震災の中来日して講演をしたシンディ・ローパーもこの曲をカバーしている

http://www.youtube.com/watch?v=2hzxxoVCobQ

そして遺作となった『Midnight Love』からはこの曲を

http://www.youtube.com/watch?v=GVTN5o9Kgu8

ワタシは彼について、ほとんど他の曲を聴いた事がないけど、しかし、この2曲だけでもソウルの素晴らしさが伝わってくる。非業の死を遂げたのは残念でならない


最後は74年のダイアナロスとの競演
すげー、かっこいい