様々な困難な状況の中、日本国内では震災後初となる。大きな娯楽イベントが長居スタジアムで開催された
もともと日本代表VSモンテネグロ戦が25日、静岡のエコバスタジアムで開催予定だったが、震災後、アジアカップ優勝後の、これからの日本代表wp占う重要な試合はキャンセルされた。
その後も紆余曲折があったものの日本サッカー協会は日本代表VSJリーグ選抜の試合をナイターで行うことに決めた
Jリーグでは4月中の全試合をデイゲームで行うことにしており、ナイターの試合はしばらく見れないことになる。
ここに様々な考えが、様々な立場の人にあることを踏まえて、今回開催に踏み切れたことについての是非について問われればワタシはYESと答える
やるのであえば、できるだけ多くの人が見ることができる時間帯にやるべきだし、できるだけ多くの人が見たいと思うマッチメイクが必要だ。オールスター戦というよりも、本気の日本代表とアジアカップ以前の日本代表がぶつかり合う試合。これはなかなか実現しない内容である。
そして、やると決まった中での選手たちの立ち振る舞いや監督の行動は、実にすばらしいものだったと思う。ザッケローニ監督は、チャリティーマッチという中にでも、3-4-3のシステムや、普段試合に出れない選手に4-3-2-1の基本形を経験させるなど、きちんと仕事をしていたし、Jリーグ選抜の選手たちは、誇りを持って戦っていた。このような試合でイエローカードが2枚も出るというのは、普通ではありえないことである。
試合の内容は・・・これについてはワタシの言葉よりも、こちらのサイトを参考にしていただければと思う
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/2011/text/201103300003-spnavi_1.html
記事を書かれている宇都宮徹壱氏は、ワタシがいま一番信用しているサッカージャーナリストだ
さて、いろんなところでいろんな人が語っていると思うが、ワタシはどうしてもカズのゴールについて語りたい
三浦和義 44歳
ワタシも今年で44になる。学年はカズがひとつ上だ。
このピッチにたったメンバーとカズのサッカーの歴史を考えると、それはそれは感慨深いものがある。
テレビで解説をしていた城と都並はカズとそれぞれジョホールバルの歓喜とドーハの悲劇を経験し、ピッチ上の小野伸二はフランスワールドカップの選考で、カズを差し置いて代表に「若者枠」で選ばれている。日本のワールドカップ出場を夢見て、後一歩のところでイラクに同点に追いつかれ出場を逃した1994年のアメリカ大会。2002年日韓開催前に、自力で勝ち取った1998年のフランスワールドカップでは、現地まで行きながら最終選考に残れず、その後、代表のユニフォームを着ることはなかった。
そのカズが現役の日本代表の2軍ではあっても、それまで代表を支えていた中村俊輔のバックパスから川口⇒闘莉王とわたり、あのすばらしいカズのゴールが生まれる
サッカーの遺伝子がつながった瞬間である
ワタシはスポーツが好きで、それはその試合試合、一瞬一瞬の輝きと興奮が一番の理由であると思っていたが、しかし、やはり、人間の歴史と同じく、スポーツにもそこに関わるいろんな人(選手、監督、フロント、サポーター、選手の家族、彼らのプレイに勇気付けられてがんばっている様々な人々)の思いが脈々とつながり、大きなうねりとなって、私たちに感動を与えてくれるのだと
あのゴールは、カズ一人では生まれなかっただろう
あの日、ピッチにいたプレイヤー、監督、観客、テレビの前にかじりついて見ていた多くの人々、或いは仕事や様々な理由で試合を見ることができなかった人
そういう人たちの思いがあのゴールにはつながっているのだと思う
日本中の人がカズのゴールをアシストしたのだと思う
残念ながら今回のカズのゴールはなんら公式記録に残るものではないが、多くの人の心にしっかりと記憶され、これからも語りるがれるだろう
これは残酷な言い方かもしれないけど、もしかしたらカズはこのゴールを決めるために生まれきたのかもしれないと思うほど、あのゴールは神々しいものだった
スポーツっていいな
日本人ならきっと、この困難を乗り越えられるだろう
最後に宇都宮氏の言葉を借りてしめたいと思う
「この日、カズが放ったゴールと直後に披露したカズダンスは、下を向いて原稿を読む総理大臣の言葉よりも、はるかに国民に勇気と希望と自信を与え、そして『まだまだ日本は大丈夫だ』と思わせるだけの説得力があったということである」