結婚当初から、夫から渡される10万円。

それで、日々の食費、日用品、ガソリン代、交通費をなんとかやりくりしていた。

被服費や医療費、親戚関係の交際費、そして将来に向けた貯金など、日常の生活費以外にかかるお金のことを夫に相談すると、必ず怖い顔になって黙り込んでしまう。

だから、不足分は私がなんとかするしかなかった。

妊娠してからの通院費や出産費用も、結婚前に貯めていた私のお金を切り崩して払った。

その後も幸い、在宅ワークで数万円の収入があったので、子どもにかかるお金はそこから補填した。

ずっと家にいることで、だんだんメンタルが壊れていくのを感じていた私は、土曜日だけ外で働いたり、娘が幼稚園に通うようになってからは、近所でパートをするようになった。

幼稚園の入園金、制服代、月謝。
小学校・中学校の入学時にかかる諸々のお金。
毎年恒例の、夫の実家(福岡)への交通費。
親戚づきあいにかかるお金。

全部、自分の収入から出した。

だって、お金の相談をするたびに夫は怖い顔になって黙り込むから。
その後のピリピリした空気に、私は耐えられなかったから。

私が頑張ればいい。
私が我慢すればいい。

そう思って、ずっとやってきた。
それが、いつの間にか「当たり前」になっていた。
小さい頃から家庭内に安全地帯がなかった私は絶対に結婚も出産もしないと決めていた。

就職してお金を貯めて実家を出よう、そう決めていた。

そして家を出て、働いていた音楽出版業界での仕事は大変ながらも楽しかった。

そんな中、今の夫と出会った。

父親とは正反対のタイプ、大好きだった頭が良くてクールなおじに似たタイプだった。

この人とだったら大丈夫。
若かりし私はそう思ったんだろう。

結婚自体に反対だった毒実家をなんとか説得しての結婚。

6年かかって妊娠。

嬉しい反面、外での音楽の仕事は諦めざるを得ない現実。

そして浮かび上がるお金の問題。

結婚した当初は共稼ぎで支払いは半々で払っていた。

でも結婚費用や出産費用は私の貯金から出していた。

お金のことや将来のことについて話そうとすると黙り込む夫、毎日帰宅が深夜だった夫に不安はあったが、子供が生まれたら変わるだろうと淡い期待を抱いていた。

でもなにも変わらなかった。

夜中に起きてミルクをあげたり、夜泣きをあやしてくれたり、週末は私だけ出かけても涼しい顔で娘と2人で過ごしてくれていた。 

娘のことは本当にかわいい、そう思っているのもよく感じられた。 

でも私はとても孤独で不安でいっぱいいっぱいだった。

誰とも話さず1日が終わる寂しさ虚しさ。

毒実家には結婚自体反対されていたので、弱音がはけなかった。
毒実家には遊びにも行きたくなかった。

保健所で相談すれば、児童館や公園に行ってみたらと促され、何人かのお友達もできたけど、私も娘も人が大勢いるところが苦手で、その時は頑張って笑顔で過ごしても、家に帰ってくるとぐったりという繰り返しだった。
ボス的なママさんがいるのも苦手だった。

そんなこんな平日は緊張感や責任感に苛まれ、帰ってくる夫を待ち構えるような状態になり、それはそれで夫もしんどいものだったかもしれない。
仕事も大変だろう。

でも話をきいてほしかった。
大変だよね、寂しいよね、と共感してほしかった。

「同じくらい稼いでくれるなら 喜んで変わるよ」とも言われた。本当につらかった。

寝かせつけも頑張っていた時期もあるけど、頑張っても寝なかったりで「もう寝るまで起きてたらいいわ」となり、間接照明に切り替え、ボサノバを流しながら、少しのワインを飲むのが至福の時間になっ ていった。

子供を産む前の自分に戻れるような感覚になった。

楽しかった音楽出版業界の仕事は時間が不規則で子育てしながら復帰するのは不可能だった。

それでもどこかで復帰したいと思っていたんだろう。

今思うと気持ちのごまかしかもしれないけど、必要な時間だったんだ。

4日に入院


5日に手術


6日は集中治療室


7日に父と面会


9.10.12日 病室お見舞い


14日に退院


その間ずっとひどい風邪で一度も顔を出さなかった兄


私も基本、顔を出すぐらい


汚れたものを捨てたりするくらい


父は思ったよりずっと自分のことができる


あまりにもあっけなさすぎて


あんなに抗った私の気持ちや兄の圧はなんだったんだろ


構えすぎたのかな


でも自分とこの実家について深く考えるいいきっかけだったかな


寄り添ってもらえなかった実家に


こんなに寄り添ったフリしてるだけで偉いよ私


あんなに泣いて訴えたけど父は相変わらずだし


母も病室ではずっとなんやかんやと文句を言っていて


兄と私の問題なのかな


どっちにしてももう解放してほしい


今回の事でいろんな意味で本当に諦めがついた


やっぱり実家では私が大女優でいるしかないんだろうな