海が好きだから
希望は海沿いのホテルだったのに。


勤務先に決まったのは有馬温泉。


六月。赴任の日、

バスの窓ごしにどんどん緑の密度が

増していき、

ちょっとげんなりしていた。

無常にも登り坂が続く。

同じ神戸市なら港近くにもたくさん

ホテルはあるのに。


翌朝、着慣れない作務衣で寮を出ると

鶯の声がする。

路の右から左から、

あるいは近くあるいは遠く、

まるで輪唱のように谺のように。


山も悪くないかも、と思った。


七月に入るとそれはヒグラシに

変わった。

一匹二匹なら幽玄なヒグラシも、大合唱になればクマゼミと似た存在感となると知る。

今度の休みはロープウェイで山に

登ってみようと思った。


次の休み、ロープウェイに乗った。

少しずつ有馬の街が小さくなる。

眼下には山谷、ふくふくとした緑だけの世界。

昔、箱眼鏡で八重山の海を覗いた時のことを

思い出す。

人間の介在しない自然とはなんて美しいのだろう。


頂上からは、神戸の街が一望出来た。

直線的にいりくんだ港湾、大小の建物がびっしりとはりつく。

人間の造ったものは何故、ひとつひとつはカラフルなのに、風景になると灰色になるのだろう。


あそこで働いていたらここに来ることはなかったなと思った。


そして山の日。

勢いを増した緑はいよいよ厚く盛り上がり、

ヒグラシにミンミンゼミが加わる。


しかし数日後は立秋。

過ぎれば少しずつ緑は薄れ、地上からの虫の音に

変わっていくのだろう。


ここでの任期はあと2週間ほど。

次の休みはまた山へ登ってみよう。


山の日の今日思うこと

 

 

 

 

 

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