人にはそれぞれコンプレックスがある。だけど、それは口に出すものではないと思ってる。
世には"真意"というものがあって、それも絶対自らが口に出すものではなく、見たり、聞いたりして、感じるものなのだと思ってる。それと一緒で人のコンプレックスとかは性格に出る。だから、気づいてあげるべきなのだと思う。
だけど、今はドキュメント等、感じて、考えてわかればことに対して、全てを晒しすぎなんじゃないかという疑念がある。
僕にもコンプレックスはかなりある。きっと、僕を知ってる人からすれば、僕のコンプレックスと人が抱いてる僕のイメージはかなり乖離していると思う。
ここで晒すことは答えじゃないけれど、もう黙っていられない。
僕は凄い弱い人間。自分でもわかってる。だからこそ、去勢を張ってしまう。
緊張しいで、人見知りで、上がり屋で、人が小さくて、根性なしで…etc
少なくともこれはあって、自分でも認識している分、守りに入って、さらけ出せない部分であって。
特に人見知りは酷い。大学に入って気づいたけど。高校までは変に人の力、クラスの力が作用して上手くいったけど、自ら動かないといけない大学に来てから初めて自分が極度の人見知りと知ったり。
そして、緊張しいで、めっちゃ汗かいてしまうし、目を見て話せないし、スピーチしたら、すぐ頭真っ白になって、ほぼ毎回アドリブになってしまうくらい緊張しい。まぁ気づいてる人は気づいてると思うし、そう思ってなかった人は虚構の自分を見ていたんだと。
こうやって晒せば、少しスッキリする。みんながコンプレックスに気づいて助けてくれたり、もうコンプレックスが無くなったんじゃないかという錯覚に陥ったり…
だけど、これは正解ではないと思う。ここからまた勘違いして、新たなコンプレックスを生むような気がする。だから、こういう風に晒すことは良くない。みんながコンプレックスを認識し、他人の心に気づいてあげること、そひて、そこから考えること。それが大切なんじゃないかと。
うーん。でもね、コンプレックスは心の性格。だから、少しずつの気持ちの作用で治らなくとも、改善するものだと思うのですよ。なので、僕も頑張りますし、頑張りましょう!