魔女
両親はまじょを人間に慣れさせようとやっきになっていた
それで幼稚園に入れることを決めた
まじょは幼稚園時代の事をまったく覚えていない
多分、行かなかったんじゃないかと思う
持たされた弁当を
動物たちと一緒に森や川の大きな石の上で分け合って食べた思い出しかない
これが幼稚園時代(とも言えないが)の思い出だ
両親はまた、人間の生活というものを体験させるため
母の実家がある東京という都会にまじょを連れて行ったりもした
しかし、それもほとんど覚えていない
ただ、伯母が
「動物園に連れて行ったら喜ぶかしら」
と言ったのを受けて、母が
「ダメよ! オリの中に入れられた動物を見たらこの子が暴れてしまうわ」
と青くなって答えていたのと
競馬場に連れて行かれたのだけは覚えている
母たちがおめかしをして
ついでにまじょもスカートをはかされ、イヤな思いをしたのと
馬たちが意味もなく、ぐるぐると同じ所を走って廻るのに驚いたからだ
さて、村でのお話
母 「小学校に行くまでにまじょを何とかしないと・・」
父 「まったくだ・・」
母 「あの子は人間社会の成り立ちを全く理解していないわ」
父 「まったくだ・・」
母 「お金の存在さえ知らないし・・」
父 「まったくもってその通りだ」
母 「同意ばかりしていないで、あなたも何か手立てを考えてください!」
父 「む・・ あのままでいいんじゃないか?」
母 「私だってそうしておいてあげたい・・
ああ・・ダメ! やはりダメです!」
父 「そうだな・・」
母 「人間はお金を使ってものを買う、という事を分からせるために折を見て買い物に行かせてみましょうか!」
父 「おお、それはなかなかいい考えだ! で、どこへ?」
母 「・・この村にお店は1軒だけでしょう」
父 「なるほど」
それから数日後
その日、母は不在だった
後に聞いたら、赤ちゃんが生まれるかも知れなくて町の病院に行っていたという
母は、こういう時に父が傍にいると苛々すると言って、一人で出掛けたのだった
午後からは雲行きが怪しくなってきた
まじょ 「おとうちゃん、おなかがへった」
父 「今日からは2人で頑張るんだ!」
まじょ 「どうやって?」
父 「力を合わせる!」
まじょ 「どうやって?」
父 「そうだ! まじょには買い物に行ってもらう事にしよう!」
まじょ 「かいものってなに?」
それから父はお金とか、物を買うとかいう事について、くどくどと説明を始めた
まじょには父が言っている内容を理解するのにひどく苦しんだ
父 「いいかい、このメモに書いてあるものを買うんだ」
まじょ 「なにがかいてあるの?」
父 「・・ 字も読めないのか」
まじょ 「・・」
父 「じゃあ、私が言ったものを覚えておいて、それを買うんだ」
まじょ 「わかった・・」
父 「いいかい、覚えたね、ちゃんとお金を渡して、おつりをもらって帰って来るんだぞ」
まじょ 「おかねっ・・て? おつり・・って?」
父 「ああもう、お金も見たことがないのか! これがお金だ 良く見ておきなさい」
まじょ 「おとうちゃんがいったものをもらって、ひきかえにこのかみをわたすの?」
父 「そうだ、やっと覚えたな! 紙を渡したらお店の人がおつりっていうコインをくれるから、それも持って帰って来るんだぞ」
まじょ 「おみせのひとは・・ おかしななひとなの?」
父 「どうして?」
まじょ 「だって・・ かみをひとつわたすだけで、いろいろなものとコインまでくれるんでしょ」
父 「紙じゃない、お金だ! いや、紙だけどお金だ!」
まじょ 「・・・?」
父 「まじょ、私を信じるんだ! とにかく行って来なさい・・」
外は大雨が降り出していた
父が部屋の奥から声をかけた
「傘を持って行きなさい」
まじょ 「・・」
まじょはお店屋さんに向かった
傘は使った事がないからささなかった
つづきます