魔女
空き地に越して来たからといって、平和な日々が続くわけでもなかった
確かに車や心無い人間の意地悪からは遠ざかったけれど
母親や子供を狙う雄猫たちがうろついていた
《なぉなぉ》 は家族を守るために、日々を油断なく過した
家族は昼間は魔女たちと一緒に遊んだりしていたから心配なかったが
夜中に猫の母親の激しい鳴き声や 《なぉなぉ》 の喧嘩の声で
魔女は度々飛び起きた
しかし、そんな懸念をよそに
《なぉなぉ》 は体も飛びぬけて大きかったし、また、若くて強く、向かう所敵無しの勢いだった
見ていると、彼は決して喧嘩が好きだと言う訳ではないように思えた
ただひたすら、家族を守るという心からの義務感が彼を突き動かしているようだった
この頃、我が家の外階段の踊り場に、もう1匹の大きな雄猫が姿を現すようになった
《なぉなぉ》 と似た白黒の毛色のこの猫の首には、高級な皮の首輪がついており
それには、やはり皮で出来たプレートに 《クロべエ》 という名が書かれてあった
《クロベエ》 は毎日やって来ては魔女たちと遊んだ
しかし、この猫が 《なぉなぉ》 と喧嘩する事はなかった
それどころか、2匹で向かい合って話をしていたりする
一緒に日向ぼっこなどもしている
しかし、《クロベエ》 は 《なぉなぉ》 の生き方にも彼の家族にも関心を持たなかった
《なぉなぉ》 とは違い、一人で自由に生きていた
魔女の家からほんの少し行った所の道を挟んだ向こう側に
とても大きな家がある
ちょっとした林の中に広い敷地を持つ、モダンな家だ
彼らはそこで飼われていた
この2匹は兄弟だった
魔女はそれを人づてに知った
かつて 《なぉなぉ》 にも付いていたはずの首輪には一体何という名前が書かれていたのだろう・・
あの家にいる限り、何不自由ない生活が出来たのに
飢えて餌をあさる生活など縁遠かっただろうに
寒い冬を凍えて暮らす事もない
あの家に帰れば暖かいベッドに眠れるはずなのに
しかし、《なぉなぉ》 は家族がいる限り決して戻る事はないだろう
《クロベエ》 はどうだろう・・
魔女 「お腹を空かせて、凍える思いをしてこの冬を外で暮らすの? 暖かい家に帰りなさい」
クロベエ 「自由と引きかえに出来るものなど、この世にはないさ」
《クロベエ》 の首輪に付いている皮のプレートの裏には
擦れた電話番号の数字が見て取れる
彼らの思いと、飼い主の思いとの狭間で魔女の心が揺れる