泣きたいんですけど。
第三話
グイーン、グイーン、グイーン…
あれっ、なに!?
勢いよく動きだしたコピー機は、1枚目の書類を何度も何度も印刷しはじめたではないか。
止まらない。どんどん出てくる。
クリアとか、押しても、まったく止まらない。
真っ白な紙に、何枚も何枚も、1枚目の書類の複製が印刷されて出てきた。
ストップ押してもだめ。リセット押してもだめ。止まる気配はまったくない!
どうしようっっ…
「なにしてるの?」
冷たい声に、びくっと私は振り向いた…。
それは、腕組みをしたオツボネギツネが立っていた。
グイーン、グイーン、グイーン…
動き続けるコピー機の音に、気まずい沈黙が流れた。
「ちょっと! 紙、もったいないじゃないの!」
オツボネギツネは血相を変えて、私を押しのけた。
ピッ、ピッ、ピッ…
オツボネギツネはコピー機を操作する。
あ…
止まった…
「ちょっと貸しなさい」
オツボネギツネは私の持っていた書類を奪った。
「何部、とるの?」
「あ、え、えーと…」
そういえば、聞いてなかった。
は~っ、とオツボネギツネはため息をついた。
受付の電話を取り、話し出す。
「あ、受付です。すいません、企画書のコピーなんですが、何部必要ですか」
内線で話しているらしい。
「はい、わかりました。」
電話を切ると、オツボネギツネはちょっと気を取り直して説明をはじめた。
「書類は揃えておけば、まとめて読み取りできるから。先にコピーを選択する。それからソート」
「はい。」
「メモはいいの?」
「あ、はい」
どうしよう、持ってない。わたしがおたおたしてると、受付にあった紙とボールペンを、オツボネギツネは黙って押しつけた。
「すいません」
受け取ってメモを取る。
「画像と写真選択しないと薄くなるから。あと、ぎりぎりまで画像がある時は欠ける場合があるから、チェックして…だめね。そしたら『ちょっと小さめ』でやってみて。…これで大丈夫。あとはホチキスを左上でとめといてね。」
「左上、ですね」
あわててメモを取る私。
「初めてなんだから、メモはいつでも携帯して。同じこと何度も言わせないでね」
「は、はい」
「それから、失敗したやつ、裏紙に使うから、後で持ってきて」
「はい、すいません」
「あ、それからホチキス、文房具類はここにあるから…」
オツボネギツネさんはホチキスを2つ、取り出した。
そして私に1つ渡す。
私たちは並んでホチキス止めをはじめた。
この人・・・意外と面倒みよくて親切なのかも・・・。
「わからないことがあったら、ちゃんと上に聞く。自分の判断でやらないの。報告、連絡、相談。就職活動で習わなかったの?」
前言、撤回。そんなキツく言わなくてもいいじゃない。
こっちは何もかも、はじめてなのに。
けど、言いたいことを言い終わると、オツボネギツネは急に態度をやわらかくしていた。
「熊本クン、イケメンよね。」
「えっ…」
私はあっけにとられた。
「面接のときから女性の間で評判だったのよ」
「え~っ」
「すんごい頭もいいの。契約の子たちもみんなねらってるわ」
「はあ…」
「しかも、家は資産家らしいわよ。あ~私も10年若かったらなあ」
みんな、だまされてるんだ。
「興味、ないの?」
あってたまるか。
「あいつ、チカンなんです。」
「え・・・?」
「今朝、電車で。犯罪ですよ。」
「触られたの?」
私の期待とは裏腹に、オツボネギツネは興奮した表情で私を見た。
「え~、怒ることないじゃない!」
へ・・・?
なんでこんな話の流れになってるんだろう。
「もっとしてってせがんじゃえばよかったのよ」
「とんでもない!」
私は声を荒げてしまった。
「仕事でどうしても必要じゃない限り、あいつとは口をききませんから」
「そ~お?」
話題は、それきりになった。オツボネギツネは、若い人に無理して話題を合わせようとしてすべってるんだろうか。それとも、本気で言ってんのかな。だとしたら、ちょっとコワイ…。私たちは、黙って作業を続けた。
**
5時半。新人は帰っていいと許可が下りた。
どっと疲れていた。
一刻も早く、家に帰りたかった。
「お疲れ様でした~」
最後の力を振り絞って、笑顔であいさつをすると、私はそそくさと会社を出て行った。
こんなに、何もできないなんて…。
ただ座ってるだけの自分が、情けなかったし、オツボネギツネさんには怒られるし、チカンには遭うし、よりによってそいつが同僚だし。しかも、そいつに、アイプチばらされるし。
誰かと無性に話したかったけど、誰にも話す勇気が出なかった。
大手受かった子たちはみんな、私の選択に賛成じゃなかった。
話しても、たぶん、わかってもらえない。「ほらね」って言われるのがオチかも。
「みんなのキレイを応援する本を作りたい」
面接でそういったのは、ほんの3か月前のこと。
それなのに…
失敗ばかりのこの初日が…今後の私を運命づけることになろうとは、そのときの私には思いもよらなかった。
・・・つづく

