なんで毎日、学校に行かないといけないんだろうって思ってた。
行きたくないって言えなくて、言えない気持ちが腹痛になった。それでも、行かないっていう選択肢は与えられなかった。
ある日、いつものようにお腹が痛くなった。母に言ったら「学校行く時間まで、背中向けてひなたぼっこしてたら治る。表に行っといで。」って言われて。渋々、背中を温めに行ったら、室外機の上で大あくびをして、幸せそうに寝ている我が家の猫達の姿。
いいなぁ、、、猫になりたい。そしたらずっと寝てられるのに。
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いやいや待て待て。猫にだって、猫の世界がある。猫なりに苦労があって、やっぱり楽なもんではないのだぞ?
当時の安直な脳ミソでは、そんなところまで理解することは不可能だった。
いつまでたっても痛みが消えない。シクシク痛むというか、刺されてるような感じ。なんじゃこの痛さは!!学校に行く時間になってもおさまらず、母が学校に電話して病院に行くことになった。
診察の結果、急性盲腸炎で即入院。
盲腸起こすほど行きたくなかった場所に、行かなくて良くなったが、親と離れて知らない場所で一人で寝起きしないといけないという試練が始まった。6年生ならどうってことないはずだろうが、中身が幼かった私は号泣する。
見渡す限り白い部屋、コンクリの冷たい壁、真っ白でパリッと糊のきいた綿のシーツ、いつもと違う枕、鉄柵、消毒液のにおい。
腕には点滴。体のいろんなところが痛いけど、心が一番痛い。体全部が心臓になったみたいで、皮膚を突き破って出てくるんじゃないかと思えるほど、鼓動が体全体に響き渡っていた。
しばらくして、入院セットの入った風呂敷包を持って、家から母が戻ってきた。寂しくないように、元気がでるようにと、当時私が大好きだったサンリオのキキララのパジャマを買ってきてくれた。
それから、ノートと鉛筆も持ってきてくれた。祖母が持っていくよう言ってくれたと言う。そんな祖母からの手紙も添えられていたけど、達筆でカタカナだったし、あんまりよく読めなかった。
点滴をしない時間は、先生や看護師さんの似顔絵を描いて、あだ名を付けた。たまたまそれを覗いたおばあちゃんが、看護師さんに話した。見せたくなかったけど、見せてと言われて見せた。
絵も上手だけど、あだ名つけるのも上手だねぇ〜と爆笑してくれた。絵を描くと、見た人が笑顔になる。それが、落書きが楽しいと感じた始まりだった気がする。