あの日の僕らのように・・・番外編「揺れる思いその1」※文字修正 | Someday, Somewhere

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~ようこそ、詩音(shion)のブログへ~

今年の夏は例年以上に暑い。

梅雨は明けたけれど、明けたと同時に尋常じゃない暑さがやって来た。


ジェジュンは、CM用の挿入曲の打ち合わせを終えて帰ってきた。帰宅途中にあるスーパーで、

夕食の材料と缶ビールがなくなっていたことを思い出しビール6本セットを買って坂を上ると

それだけで汗だくになった。


南向きの部屋は冬はいいが、夏は日中に温められた部屋の温度が、陽が陰ってもなかなか下がらない。ジェジュンは部屋中の窓を開け空気を換気し、買ってきた食材を冷蔵庫に詰め終えると、ビールを取り出した。一口含むと冷たい液体が喉を駆け下りて行く。体中の細胞が潤って活性化していくようだった。


「旨いっ。」

ジェジュンは椅子に腰掛け、一気にビールを飲み干した。

時折、窓から涼やかな風が入ってきて心地良い。ジェジュンの携帯にメールが入って来たことを伝える音楽が鳴った。見ればユノからだった。


『ごめん、今日も遅くなる。先に休んでいて・・・。』


最近3週間ほど、いつもこうだ。

ユノはここ1年ほど、大きな建物の設計はしていない。せいぜい設計しても老人ホームとかクリニックとか特殊な建物に限られていた。


ユノの仕事の大部分は個人住宅が占めていた。住む人に合わせた肌理細やかな工夫が顧客の満足感が高く、専門誌でユンホの設計した家が立て続けに数件紹介されたこともあって、

今、並行して仕事を5件抱えているが、それでもまだ数件待ってもらっている。


ジェジュンにもユノが忙しいことはわかっている。しかもその仕事がユノのやりたかったことだから夢中になるのも理解できる。

自分だって作曲し始めたら周りが見えなくなることがある。音楽室に閉じ籠って食事のことも忘れていることもよくあり、ユノに体を壊すから食事だけはきちんとするようにと何度か注意された。


「僕だってユノのことが心配なんだよ。毎晩、毎晩遅くて寝る時間も少なくて・・・。

僕達は3週間近く一緒に夕食も食べていないんだから・・・。

ユノのことを心配したくても、側にいなかったら何もできないだろう。」


傾き始めていた陽が傾いてしまうのは早くて、いつの間にか薄暗くなってしまった部屋に

ジェジュンの声が落ちる。ジェジュンは自分が何もできないことが悔しかった。

そして、寂しかった。


ジェジュンが眠っている間に帰ってきたユノは、ジェジュンが起きたときは熟睡中だ。

寝たのが遅いこともわかっているから、ジェジュンもユノを起こすことができなくて、朝食を用意し

簡単なメモを残して出かけていた。

帰ってみれば空になった器がシンクに入っているから、朝食はちゃんと食べているのだと安堵した。

最近、ジェジュンの夕食はすっかり簡単なものになり、朝食は食べやすくて栄養になるものを作ることにしている。


そんなすれ違いの生活にジェジュンは少し不安を感じ始めていた。

ユノの声が聞きたい。

ユノの手に触れたい。

ユノの笑顔が見たい。

今まであまりに当然だと思っていたことがこんなにも遠く離れていってしまった。


「いつまで待っていないといけないのかな・・・。」

ジェジュンはソファーの上のクッションを胸に抱き顔を埋める。

「ユノ、寂しいよ・・・。」



1人の夕食だと力も入らなくて、ジェジュンはついつい簡単なものか食べないで済ましてしまう。

ビールのつまみを2、3品用意し、明日の朝食の下ごしらえをした。ジェジュンは、缶ビール2本と料理の入った皿をリビングのテーブルに並べると床に座った。


缶ビールを開けて半分ほど一気に飲んだ。空腹に立て続けにアルコールを入れたせいか、

弱くないジェジュンも少し顔に火照りを感じた。料理に箸を伸ばしていたら、玄関のベルが鳴った。


「えっ、嘘?ユノが帰って来たの?」

急速にジェジュンの酔いは冷め、胸が高鳴った。

ジェジュンは立ち上がり、窓から家の前の駐車スペースを見遣り、車がないことがわかり、

落胆し深い溜息を零した。



「そんなに現実は甘くないよな。いくら望んだからと言って誰も連れて来てはくれないね。」

ジェジュンが呟きながら振り向くと背後にチャンミンがいた。

「何をブツブツ言っているんですか?」

「チャンミン、ど、どうしたの?」


「そんなに驚かれるほどのことでもないでしょう。」

「・・・でも週末じゃないよ。」

「知り合いから桃とマスカットを貰ったので持って来ました。」

ジェジュンがチャンミンから箱を受け取ると箱から甘い匂いがする。


「じゃあデザートをつくろうかな。」

ジェジュンがキッチンへ箱を持って行き戻ってくると、テーブルの側に腰を下ろしたチャンミンがまじまじと料理を見つめている。


「食事をしていたんですか?」

「うん。」

「ジェジュンにしてはやけに簡単な食事ですね。」

「そう?」


確かにユノとする食事に比べると簡単かもしれない。―野菜とチーズのサラダ、冷ややっこの肉みそかけ、トマトとハム入りオムレツ。―

そう言いながらもチャンミンはオムレツに箸を伸ばし一口挟んで口に入れた。

「味はいつもどおりですね。おいしいです。」


「食事まだなの?」

「はい。ここに来れば何かおおいしいものにありつけると思ったので・・・。」

「ナスと挽き肉のスパゲッティーとオムレツとサラダぐらいならすぐに作れるよ。それでいい。」

「十分です。」


「おなかが空いているなら僕の分を食べていて・・・。」

ジェジュンがキッチンに立つと、チャンミンは缶ビールに手を伸ばした。


ジェジュンが家でビールを飲むのは殆ど見たことがなかった。みんなで集まって食事しているときには飲むけれど、チャンミンがジェジュンしかいないこの家に来たときも2人でアルコールは飲んだことはなかった。


チャンミンはビールが温くなると思い、まだ開いていないビールと飲みかけのビールを持ってキッチンへ入った。入った瞬間、香ばしいいい匂いがしてきて食欲をそそった。


「ジェジュン、これは冷蔵庫に入れておきますね。」

「あっ、ありがとう。」

チャンミンは飲みかけのビールをジェジュンの前に置くと、シンクに凭れかかった。


「待ちきれないの?」

「いいえ。ジェジュンがビールを1人で飲むなんて・・・・気になっただけです。

 キッチンドリンカーのように主婦が寂しさを酒で紛らすみたいで・・・痛いです。

 大丈夫ですか?」

ジェジュンのフライパンを掻き混ぜていた手が止まった。


「チャンミン・・・・」

ジェジュンが俯く。

チャンミンが肩に手を置き、「どうしたんですか?」と尋ねると、ジェジュンが「背中を貸して」と

呟いた。

どういう意味かわからぬまま、ジェジュンの雰囲気がこれ以上尋ねることを拒絶しているようで、

チャンミンはジェジュンに背を向けた。


ジェジュンの頭が背中に押し付けつけられる。

「うっ・・・うっ・・・・」

苦しそうな嗚咽が聞こえ、ジェジュンをこんな状態にしているのは一体何なんだと、怒りにも似た

感情が湧いてくる。

そしてチャンミンは、背中が湿り気を帯びてきて、その涙を無視できなくなった。