『TPP協定締結の経済効果について』 | まいたち昇冶オフィシャルブログ Powered by Ameba

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『まいたち昇治の活動報告』第55回

 本年2月4日、ニュージーランドで環太平洋経済連携協定(以下、TPP協定と略す)の署名式が行われました。マレーシア、シンガポール、ブルネイ、オーストラリア、ニュージーランド等で国内手続きが進んでいます。米国でも、オバマ大統領は年末までに国内手続きを完了させる旨の声明を発表しました。日米を始め主要参加国の国内手続きが順調に進めば、TPP協定は2年後の2018年4月4日に発効することになります。

 今回は、TPP協定締結による経済効果について説明します。

● 政府の経済効果分析の概要

 内閣官房TPP政府対策本部はH27年12月24日、『TPP協定の経済効果分析』を公表しました。同報告は、H25年の政府統一試算と同様、一般的な経済モデルである最新版GTAP(ジータップ)を使用し、TPP協定が発効した場合、わが国のマクロ経済にどのような経済効果がもたらされるかを分析したもので、その分析結果は以下のとおりです。

・実質GDP水準は+2.6%増
2014年度の実質GDP524.7兆円を用いて換算すると、約13.6兆円の拡大効果

・労働供給は+1.25%増
2014年度の労働力人口は6,593万人なので、労働供給は約80万人の増加

 この分析結果は、TPP交渉参加前の2013年政府統一試算結果(実質GDP変化+0.66%、+3.2兆円)を大幅に上回っています。この違いの理由は、①2013年当時は関税撤廃、それもすべての関税の即時撤廃を想定、したことによる効果のみを対象にしていたのに対して、今回の分析においては、関税に関する効果に加えて、②貿易円滑化等によるコスト縮減、貿易・ 投資促進効果、さらには貿易・投資が促進されることで生産性が向上することによる効果等も含めた、総合的な経済効果分析を行ったためです。

 TPPの合意内容は、その全体像が示すように、関税交渉の合意だけではありません。関税以外の投資・サービスに係る市場アクセスの改善、30章にも及ぶ分野におけるルールの規定等、多岐にわたります。そのため、その経済効果も関税撤廃、削減による効果にとどまらず、上記②の効果も考慮に入れることは、ある意味妥当といえます。

 今回の分析では具体的に、(i) 輸出入拡大→貿易開放度上昇→生産性上昇、(ii) 生産性上昇→実質賃金率上昇→労働供給増、という経済を動かす成長メカニズムが新たに想定され ています。

● 10~20年を要する新たな均衡状態への移行

 この政府の分析結果について、国会審議では野党側から、(1)いつの時点で効果は実現するのか、(2)政府の分析は楽観的すぎるのではないか、(3)現下の労働力不足が効果の実現の制約となるのではないか、等の疑念が示されています。こうした疑念に対してもう少し説明を加えます。

 まず、(1)についてですが、これはGTAPモデルのシミュレーションの制約上、特定の時点 をあらかじめ設定することはできません。分析は、TPP協定の発効時点(a)とTPPが発効し、その効果により日本が新たな成長経路上の均衡状態に移行した時点(b)において、時点(b)と時点(a)の間のGDP等の変化(拡大幅)を明らかにします。通常、ある成長経路から新しい成長経路上の均衡状態へ移行するには、おおよそ10~20年要すると想定されますので、仮に時点(a)が2018年だとすると、経済分析の効果が実現する時点(b)の目安は、2030年代後半となります。

 次に、(2)についてですが、世界銀行は今年1月6日公表の『Global Economic Prospects』でTPPの経済効果に関するモデル分析を紹介し、TPPが日本のGDPを2030年までに約2.7%押し上げると試算しています。この結果は、内閣官房の分析結果(GDPを約2.6%押し上げ) と近い数字です。このことからも、政府の分析結果が意図的に楽観的なものではないと考えられます。

● 上振れの可能性が大きい経済効果

 最後に、(3)についてですが、今回の分析においては結果の頑健性をチェックするため感応度分析も行われています。感応度分析とは、モデル分析の前提条件の変化が分析結果にどの程度の影響を与えるかを点検する分析のことです。前提条件の変化に対して分析結果が余り左右されず、安定的なことを“頑健性がある”といいます。

 感応度分析では、国内の人手不足が制約となるケースを「労働供給の実質賃金弾性値が半減するケース」として分析したところ、GDPの変化は+1.94%(+10.2 兆円)でした。実質GDPの増加額は確かに抑えられ(+13.6兆円→+10.2兆円)ますが、その影響度は比較的小さいといえます。

 むしろ、今回の分析では明示的に含めていない、①インバウンド消費・投資の可能性(注) や、②数値化できないが日本企業の海外進出にプラスの材料を加味すると、もっと効果が期待できると主張する有識者も存在するように、総合的な経済効果は下振れリスクよりも上振れする可能性のほうが高いかもしれません。

(注):対内直接投資のGDPに対する比率が 1%増えると、生産性向上によりGDPは3%(15 兆円) 増加すると見込まれます。日本の対内直接投資残高(GDP 比)は 3.8%(2007~2011 年の平均)で、TPP12か国のなかで最下位です。大半の加盟国の数値は20~50%ですので、日本は対内直接投資の伸びる余地が非常に大きいのです。

● 農林水産物の生産額への影響について

 これまでTPP協定の経済全般に対する影響分析を説明してきましたが、農林水産分野に絞ると、その影響はどうでしょうか。

 農林水産物の試算対象品目は、関税率10%以上かつ国内生産額10億円以上の品目で、農産物19品目、林水産物14品目(注)です。各対象品目の生産額の合計は約6兆8,000億円となります。なお、鳥取県が主産地である梨やブロッコリー、長芋は対象品目に含まれていないことに留意する必要があります。

(注)
農産物(19 品目):米、小麦、大麦、砂糖、でん粉原料作物、牛肉、豚肉、牛乳乳製品、小豆、いんげん、落花生、こんにゃくいも、茶、加工用トマト、かんきつ類、りんご、パインアップ ル、鶏肉、鶏卵
林水産物(14 品目):合板等、あじ、さば、いわし、ほたてがい、たら、いか・干しするめ、かつお・まぐろ類、さけ・ます類、こんぶ類、のり類、うなぎ、わかめ、ひじき


 結論部分を先取りすると、試算の結果は以下のとおりです。

・農林水産物の生産減少額:約1,300~2,100億円
・食料自給率(H26年度)への影響:変化なし
 (試算を反映したものでも、カロリーベース 39%、生産額ベース 64%)


 この結果は、農林水産分野で約3兆円のマイナス影響が生じるといわれた2013年の農林水産省の試算とは大きく異なります。その違いは試算の前提条件にあります。2013年の試算は国内対策を一切取らない前提でしたが、今回の試算では、TPPの大筋合意内容や「総合的なTPP関連政策大綱」に基づく政策対応を考慮に入れています。すなわち、体質強化対策による生産コストの低減・品質向上や経営安定対策などの国内対策により、引き続き生産や農家所得が確保され、国内生産量が維持されるとの前提で見込まれています。

● 個別品目の影響の算出方法

 個別品目の影響分析は、品目ごとに国産品及び輸入品の価格を出発点として、原則として以下の①、②、③の前提により生産額への影響を算出します。

 ① 内外価格差、品質格差等の観点から、品目ごとに輸入品と競合する部分と競合しない部分に二分する
 ② 価格については、原則として
  ア) 競合する部分は、関税削減相当分の価格が低下(下限値)、または関税削減相当分の1/2の価格が低下(上限値)
  イ) 競合しない部分は、競合する部分の価格低下率の1/2の割合で価格が低下
 ③  生産量については、国内対策の効果を考慮する


 主な品目の試算結果(生産減少額)は以下のとおりです。
 
 牛肉 約311億円~約625億円
 豚肉 約169億円~約332億円
 合板等 約219億円
 かつお・まぐろ類 約57億円~約113億円


● 楽観的な試算結果ではないか

 今回の農林水産省の試算結果は、生産者の将来に対する不安を払拭しようとする意図が先走りすぎて、楽観的な結果となっているのではないかと思われます。「国内生産量が維持されると見込まれる」という前提条件は妥当なものかどうか、意見が分かれると思います。その当否は別として、その前提があるため、試算では水田や畑の作付面積の減少は見込み難いとされる一方、輸出の拡大も考慮されていません。また、品目ごとの精緻な積み上げは、例えば、消費におけるマクロ的な代替関係(肉類の価格が下がれば、肉類の消費量は増える一方、魚類の消費量は減少する)を十分に考慮しているとはいえませんし、TPP加盟国の品目を絞った戦略的対日輸出強化努力といった競争環境の変化等も反映できていません。

 本来ならば農林水産省はもっと攻めの姿勢で、生産者の競争力強化や輸出力強化の方向性について適切な前提を設定してもよいところ、「国内生産量が維持されると見込まれる」と大まかな包括的な前提にしてしまったことは残念です。この試算結果により、かえって農業政策に対する信頼性が損なわれないか、国は農林水産業のことをあまり大事に思っていないのではないかと、生産者からあらぬ誤解を招くのではないかと、とても不安になります。

● 農林水産骨太方針策定PTの活動内容とその意義

 こうした中、小泉進次郞農林部会長は1月14日、自民党の農林水産戦略調査会及び農林部会の下に、「農林水産業骨太方針策定PT」を設置することを発表しました。骨太方針策定PTは、日本の農林水産業・食料政策の将来像・目標の設定と、その目標の達成に向けて主に生産者の努力では対応できない分野の環境を整えるための施策について検討することを目的とし、H28年秋を目途にとりまとめるべく動き始めました。

 骨太方針策定PTで検討する主要テーマは以下のとおりです。

 1. 農政新時代に必要な人材力の強化
 2. 生産資材価格形成の仕組みの見直し
 3. 生産者の所得向上に資する流通・加工業界構造の検討
 4. 原料原産地表示の検討
 5. 戦略的輸出体制の整備
 6. チェックオフ制度の導入


 TPPを契機に、とくに生産者の努力では対応できない分野の環境整備を検討することは、 大変タイミングのよい取り組みだと思います。PTのとりまとめが次代を担う生産者の意欲をさらに高め、農林水産業の発展に繋がるよう、微力を尽くして参ります。

 なお、これまで55回にわたり連載してきましたが、諸事情により当面休止します。何卒ご理解頂きますようお願い申し上げますとともに、今後とも何卒よろしくお願い致します。