デリーの後は、KING FISHERに乗ってカシミール地方のシュリナガルという場所に行きました。
カシミール地方は、パキスタンとインドが1947年から領土争いをしていて、これまで軍事衝突(カシミール紛争)が絶えなかった地域。今は、所属不明として、ほぼ中間に停戦ラインがひかれている。
私が行ったシュルナガルはカシミールの首都。空港を降りた瞬間から、たくさんの兵士に出迎えられたので、カナリビビりました・・。
カシミールの人たちは、インドでもパキスタンでもなく、カシミール地方独立を希望しているようです。
ボートハウスにカシミリーの一家と一緒に住みました。ボートハウスは家が大きな湖の上にあるから、船がないと生活が出来ない。地元の人は、船でボートショップに買い物に行ったり、近所の家に遊びに行ったり、学校に行ったりしてました。
でも、雨が降ると、湖が荒れて、ボートが使えなくなって、家から出れなくなる・・・。
少し不便な感じもしたけど、時間の流れが普段の何倍もゆったりとした空間で、とても優雅な時を過ごしました。
ボートハウスの中。おじいちゃんがペットに買ったゴート。キッチンの中を覗いてる(笑)人懐こくて可愛かった=)このほかにも羊2匹とアヒル5羽がお庭に放し飼いになっていて、見ているだけで癒された。
天気がいい日は、外のテラスで1日中TEA TIME。カシミールティー、初めて飲んだけど、ほんっとに美味しかった!!
キッチンの中。おばあちゃんは、常にキッチンに居て、朝から晩まで料理を作ってた。おばあちゃんの仕事は、お米の中にいるゴミとか虫とかを掃除する仕事から毎朝始まる。たまに手伝わされたけど、とても地道な作業で、あまり好きじゃなかった。。これを毎日やってるおばあちゃんはすごいなーと思った。精米機があればこの作業必要ないのにな・・・。
隣の男の子は、お手伝いのネパーリー。お手伝いの子はこの子の他にもう1人居た。2人ともおばあちゃんの指示に正直に従って、とてもいい子たちでした。
左に移ってるのがおじいちゃん。このおじいちゃんにはとても気に入ってもらって、何をするのも一緒だった。この日は、町を案内するって言って2人で5時間位町を練り歩いた。おじいちゃんのくせに歩くのが早くて、たまに立ち止まって待っててくれた=)
町の中は、肩からでかい銃を下げた兵士だらけ。カシミールの人と兵士は、仲が悪いようで、おじいちゃんは兵士がいる道をわざわざ避けて歩いた。
おじいちゃんが漬物を買ったお店のおじさん。お気に入りの写真=)
散々町を歩いた後に、おじいちゃんが「ここからが本当のカシミールだから、よく見とけ」とか言って、細い小道に入った。
そこからの道は、車もなく、道も綺麗でとてものどかな世界だった。
「カシミールの人が独立をしたがっているのは、この世界を守りたいからだ。」とおじいちゃんは言った。
カシミールに着いて2日目、色んな事をおじいちゃんが少しずつ話して教えてくれた。
同じボートハウスに住んでいたドイツ人のBABA。
ドイツ半年、インド半年っていう生活を30年間続けているカナリのインド通。
52歳のおじさんだったけど、とても気さくで話しやすくて、とてもかわいがってもらった=)
毎日おじいちゃんと3人で時を過ごして、いろんなことを語り合いました=)楽しかったなー!
毎晩、こんな感じのDINNERでした。味はインドで食べたカレーの中ではBESTだった。美味しかった><
石炭が入ってる。カシミールの人は男も女もポンチョを着てるから、このヒーターをポンチョの中に入れて暖を取る。カナリ暖かいけど、気をつけないとパンツの裾が石炭に付いて火事になる。
私は1回パンツを焦がして危なかった・・。
車で3時間位ライブして、ヒマラヤに連れて行ってもらった。
写真の右の人はドライバーさんで毎日一緒に家に居たから色々話してとても仲良くなった。でも、この時はガイドの人とドンドン先に歩いて行っちゃって、私は一人で置き去り。
登り始めて30分位で、頭痛が始まり、心臓が早くなり、すでに帰りたかった。でも、2人がカナリ先まで行っちゃって声が届かない・・・。っという状況になり、私はただただ座って2人が戻ってくるのを待ちました。そして、帰ってきた瞬間に「もう帰りたい」と・・・。ヒマラヤトレッキングは30分でGIVE UPでした。本当に体力ない!と痛感しました。。
トレッキングの帰りにドライバーのおじさんのお友達の家にチャイを飲みに行きました。後ろの毛布のところに赤ちゃんが寝てたんだけど、すごいかわいかった=)この男の子はずっとグズグズ言って機嫌悪かったなー。


